「命の尊厳」中編-16
ー翌日ー
〇〇大学病院。
「はい。もう結構ですよ」
診察を終え、慌てて下着とシャツを整える由貴。
和やかな診察室の雰囲気。
「先生。この間はありがとうございました」
由貴の所見をカルテに書き込む加賀谷のそばで、彼女はお礼を言いながら先日からの状況を彼に聞かせる。
「私、先生のおかげでね、ようやく心臓をくれた人の名前や、刑事さん達とも知り合えたの」
「エッ…?」
加賀谷のペンが止まった。
由貴は気にした様子も無く言葉を続ける。
「私に心臓をくれた人が野上諒子さんで、〇〇総合病院の松浦先生が診てたって事も……」
由貴は新たに分かった事を、細かく加賀谷に聞かせた。
「…それで明後日は、彼女が轢き逃げされた現場に行く事になってるんです」
加賀谷は焦った表情で由貴を見つめた。
「…その…松浦先生と直接会って聞いたの?」
「私が…と言うよう諒子さんが会って話したの。
その事を松浦さんが県警に連絡して、担当の桜井さんと会えたんです」
由貴の言葉に加賀谷は考えた。
このまま事が進めば、ドナーの情報が何処から漏れたのかが追求されてしまう。しいては自分の身が危うくなる。
「…あまり犯人探しに協力するのは、どうかと思うけどね」
心に無い言葉を吐く加賀谷。
由貴は目を見開き、愕然とした表情を彼に向けた。
「…先生…どうして、そんな事言うの?この間は応援してくれたのに……」
加賀谷は由貴の視線から目を逸らす。
「…その…協力となると、あちこちに引っぱり回されて体力を使うだろう。由貴ちゃんの身体を考えてだよ…」
取り繕うような加賀谷の言い訳。
世間知らずな由貴でさえ分かる。
由貴は席を立つと加賀谷に言った。
「…先生。私、先生が喜んでくれると思ってた。…でも、もういい」
感情を吐露させた由貴は、無言で頭を下げると診察室を出ていった。
加賀谷は頭を垂れ、深いため息を吐くのだった。