「命の尊厳」中編-14
ー3日後ー
由貴の元へ、再び桜井が訪れた。傍らに、ひとりの女性を従えて。
「彼女は特殊写真係の谷口さんで、スケッチ画で似顔絵を描くスペシャリストなんだ」
桜井に促され、谷口と呼ばれた女性は家人である由貴と京子に頭を下げた。
「谷口恵です。よろしく」
歳の頃は20代半ばだろうか。後に髪を束ね、輝く目は自信に溢れているようだ。そんな姿に、由貴は羨ましいさを感じた。
京子の案内て、2人はリビングのソファに腰掛けた。
谷口は自身のバッグを開くと、スケッチブックに鉛筆、色鉛筆をテーブルに並べた。
そして由貴の方を見ると、ニッと白い歯を見せて語り掛けた。
「これが私の商売道具なの。これでも美大で画家を目指してたのよ。ダメだったけど…」
谷口の明るい振る舞いが、場の雰囲気を和ませる。
「どうしてダメだったんです?」
つられて由貴が訊いた。すると谷口は、ちょっと考えるフリをして、
「え〜っ…そうね。才能が無かったからかな?それから、人づてに県警が似顔絵の上手いヤツを募集してるって聞いてね。
私もいい歳だったから応募したの。そうしたら採用されちゃってさぁ」
谷口はおどけた表情を交えて自身の身上を語っていく。すると、それが面白かったのか、由貴はクスクスと笑ってしまった。
最初の緊張感は無くなっていた。谷口はスケッチブックを展げると由貴に語り掛ける。
「じゃあ由貴ちゃん。夢で見た犯人の顔を教えてくれる。まず輪郭は?」
谷口の問いかけに、由貴は頭の中に浮かぶ映像を思い出し、
「ええと…面長…でした。少しアゴが出た…」
由貴の言葉に反応した谷口は、握った鉛筆を白いスケッチブックの上を滑らせる。
「こんな感じかな?次は目の位置だけど……どの辺だった?真ん中?それとも上の方?」
簡単な縦の楕円が描かれたスケッチに、由貴への聞き込みに合わせた目や唇が、谷口の手で形を成して描かれていく。
傍らで眺める桜井は感心しきりだ。由貴の気持ちを開かせ、容疑者の顔が徐々に形を表していく。
まさにプロの成せる技だ。
「こんなモノかしら?」
顔の全体像を描き上げた谷口は、スケッチブックを由貴の方に向けた。