「命の尊厳」中編-12
ー夜ー
「すると、由貴が捜査に協力するのか?」
家族での夕食時、邦夫は京子から昼間の桜井とのやり取りを聞かされ、不安気な声を挙げた。
確かに捜査に協力するのは良い事だが、父親としては病み上がりである娘の体力などを考えると、手放しには了承出来なかった。
だが、由貴は笑顔で邦夫の言葉を一蹴する。
「大丈夫よ。お父さん。桜井さんは、私の病状には細心の注意を払うって約束してくれたの。
それに、出歩く場合はお母さんと一緒に行くから」
「しかしだなあ……」
納得いかない邦夫が、なおも食い下がろうとするのを由貴は制すると、
「私ね。野上諒子さんと約束したの。必ず無念を晴らすって」
そう言って胸元に両手を当てる。由貴の言葉をフォローするように、京子が邦夫に言って聞かせた。
「あなた。由貴は夢で会ったの……心臓をくれた野上諒子さんに。そして、彼女の肉体を奪った事故を目の辺りにしたの。
由貴が生きていられるのは野上さんのおかげよ。だからこそ彼女の無念さを晴らしたいのよ」
由貴は京子の顔を見た。
本当は違う。最後に諒子と交した約束があるが、それには触れなかった。
2人の意見を聞いて邦夫は腕組みをして俯くき、しばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げて、
「…分かった。捜索に協力するのは構わないよ」
半ば諦めたように邦夫は答える。
「わぁっ!お父さん。ありが……」
喜びの声を挙げる由貴を、今度は邦夫が制した。
「但し、体調がすぐれない時は、すぐに止めるんだぞ」
そう言って釘を刺すのを忘れなかった。由貴は大きく頷くと、しっかりとした口調で答える。
「分かったわ。その時は、ちゃんとお母さんに言うから」
普通なら無謀とも思える自分の意見を、真剣に受け止めて承諾してくれた両親。
由貴は改めて両親の愛情を感じ、2人の子供として生まれた事に喜びを感じていた。
夜中。ベッドに横たわり眠る由貴。静寂の空間に、彼女の息遣いだけが聞こえてくる。
だが、彼女が望んでいる野上諒子は、その夜も現れ無かった。