恋の奴隷【番外編】―心の音C-1
Scene4−ささやかなプレゼント
奴が私にちょっかいを出すようになって何日くらい経つだろうか。奴は学校でも目立つ存在だから、当然私まで注目されてしまうわけで。そこらの生徒達は私達が付き合っているものだと勝手に勘違いしてしまっているし、学校っていう人の集合体の中では、噂なんてものは、あっという間に広がるもので。
「あの人が結城さんでしょ?」
「そうそう、椎名君って今まで散々、彼女いらないって言ってたのに凄いよねぇ。どうやって落としたんだろ」
「相手が結城さんならしょうがないよぉ」
廊下を歩いているだけなのに、すれ違う人達の視線が痛いのなんのって。挙句にこんな会話が耳に入るものだから、心底げんなりしてしまう。
─どうやって落としたも何も、あの男が勝手に付きまとってくるのよ…
そんな私の悲痛な心の叫びも、昼休みのざわめきの中に溶けて。どんよりと雨雲を背負っているような気分のまま教室へ戻ると、自分の席でがっくりとうなだれた。
「夏音?何だか最近疲れてるみたいだけど大丈夫?」「あ、柚姫…ちょっとね、色々あって……でも大丈夫よ。ありがとう」
柚姫は私の様子を心配そうに窺っている。
「あッ!…はい、これでも食べて!」
「……チョコ?」
柚姫は突然、思い付いたかのように、制服のポケットから一口サイズのチョコレートを取り出すと、私の前に差し出してきた。
「うん、疲れてる時には甘いものがいいんだよ?」
のほほんとした柚姫の柔らかい笑みに、それまでの悶々とした渋い表情がふっと緩まる。
柚姫はマイペースというか、噂にも無頓着なわけで。知っていたとしても、あれこれと詮索なんてしないだろうけどね。人の気持ちを逆撫でするようなこと、柚姫は決してしない。人の傷みの分かる、柚姫のそんな優しいところが私は大好きなの。勝ち気な性格の私と、おっとりとした性格の柚姫、とても対照的だけれど、どういうわけか波長が合って、とても落ち着くのよね。
それに、人の噂も七十五日って言うじゃない。取沙汰もそう長くは続かないでしょ。
なんて、心の中で自分自身に言って聞かせて。私はありがとうと、にこりと微笑み返して、包み紙を開き口に放り込んだ。口一杯に広がる甘いチョコレートの風味に、顔を綻ばせていたのもつかの間、笑顔はすっと引っ込んで、たちまち眉間にシワが寄る。
「ナッチー見ぃっけ!…ん?甘いにおいがする」
奴はくんくんと匂いを嗅ぐ素振りをして、私のすぐ目の前まで顔を突き出す。
「チョコだよ。はい、葵君にもあげる」
屈託のない笑顔で柚姫は、私にくれたのと同じものを奴に手渡した。
「おっ!ヒメ、サンキュー!」
「…で、何か用?」
私はあくまで仏頂面を突き通す。
「あ、そうそう。ほい、これ」
奴は口をもごもごさせながら、牛乳パックを私の机上に置いた。