ベルガルド〜ルトの民と成人の儀式〜-1
『私を殺したいのなら、そうしなさい。あなたがそれを望むというのなら…』
そう言いながら、貴女は私の頬に触れた。
真っ白で、ひんやりと冷たい手。
訳もわからず、ただとめどなく私の頬を流れる涙を人差し指で拭い、こう言ったのだ。
『あなたを護衛団長に推薦するわ。』
はっとした。
少し眠っていたみたいだ。こんな状況で昔の夢を見るなんて…と、心の中で苦笑する。
ガタガタと揺れる安っぽい馬車の中。内部は真っ暗で、やけに外の音や、話し声がはっきりと聞こえた。
砂利の音や、木々の揺らめく音でなんとなく森のなかであることは分かるのだけど…
「セシルちゃん、ごめん。君だけでも逃がせれば良かったんだけど…」
カイ様の声が馬車の中にひっそりと響いた。
暗闇でその表情までは読み取れないが、きっと申し訳なさそうな顔をしているに違いない。
「私の怪我のせいだもん!カイ様は悪くないよ。それに…あれから30分は経ったと思う。もう少し経って魔術が使えるようになったら、私に構わずアイツ等倒しちゃってね!」
あの後、宿で黒装束の集団に捕らえられ、馬車に乗せられた。
両手両足を縛られ、一応動けないようにされてはいるが…。
一体どこに連れて行かれるのだろうか?
カイ様は優しい。
彼の性格上、私がいることを気にして思う存分魔術を使えない可能性も高いと思う。
状況次第では、私も本気で戦わなければならないかもしれない。
そうなったら…
「カイ様…」
「ん、どうしたの?」
「私の昔話、聞いてくれる?」
彼は答えなかった。
けれどその沈黙が肯定の意を示していることが感じられる。
自分の話をトゥーラ様以外にするのは初めてのことで、少し、怖い。
私は意を決した。
「私は…ルトの民なの。」