ベルガルド〜ルトの民と成人の儀式〜-2
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そう、それは5年程前に遡る。
セシル=クラクフ12歳の夏。
どこの国にも属さないが、それを国と呼ぶには余りにも小さな村、ルト。
昼夜の温度差が大きく、朝は高温多湿、夜には雪国ほどに冷えるその村は、自然環境が厳しく、耐えられぬ者は死んでいく運命。
「セシル。ここへ座れ。」
「はい。父様。」
向かい合った先には、私と同じく大輪の華が描かれた着物を着て、金色の帯を腰の辺りで結んだ父親がいる。
この装いはルトの民だけが着ることを許された、民族衣装なのだそうだ。
「セシル、お前はもう十分に育った。このルトの環境に耐え、私の稽古にも耐え、無事に明日成人を迎えることとなる。」
明日は私の12歳の誕生日。
子供があまり育たないこの村では、12ともなると立派な成人とみなされる。
「明日は成人の儀式のため、少し遠くへ行く。準備をしておけ。今日の稽古はなしだ。」
「え…?」
私はぽかんと口を開けたまま、父の顔を見た。
厳格で躾に厳しい父親。
幼い頃から毎日稽古があり、風邪をひいた時も決して休ませてもらえることはなく、休みを貰えたのは生まれて初めてのことだった。
明日の儀式はそれほど過酷なのだろうか?
一抹の不安が胸を掠めたが、それよりも、今は外で遊べることが嬉しかった。
「レルダル!!」
「あ?セシルじゃねぇか!お前今日の稽古は?」
「無しだって!初めてだよ、こんなの…ねぇ、遊ぼうよ!!」
レルダルは私の幼馴染で、稽古の合間にお喋りをしたり、遊んだりと仲が良かった。
元々、子供が少ないこともあり、村で父親とレルダル以外と話したことはほとんどない。
そばかすだらけの頬を盛り上がらせて、よく笑う男の子というのがレルダルに対する私の印象だ。
彼も自分の父親に稽古をつけてもらっていたが、よくサボって村の外に出るのだと私に話してくれた。
「大体、お前の父ちゃん厳しすぎるよなー。稽古稽古ってよ。まぁ仕方ねぇか、“ルト期待の星”だもんな。」
「期待の…星?」
「おう。村長も言ってたぜ。その歳でおまえ程、舞術を極めた奴はいないってよ。そういうの“天才”っていうらしいぜ!」
「ふ〜ん…。」
他の国では“武術”というらしいけど、私たち伝統の武術は、踊っているように見えることから“ルトの舞術”と表現されているらしい。
でも、正直どうでもいいことだ。
私はこうして同じ歳くらいの子と遊ぶことの方が遥かに大事なのに。
「お前…明日、成人の儀式だろ?」
「…うん。少し遠くに行くって言ってた。」
「いいよな、お前の方が先に成人なんて…なんか癪だぜ。」
「何ヶ月かの差じゃん!レルダルだってもうすぐ成人じゃない!」
「そうだけどさ…」
「…。」
(成人の儀式って、何をするんだろう…?)
またあの不安が蘇ってくる。
「俺たち、成人した後も…こうして話せると思うか?」
「え…?」
「いや、なんでもねぇ。気をつけて行って来いよ!!」
「あ…」
レルダルはじゃあな、と言って走り去ってしまった。
私は正体のわからない不安を抱えながら、荷物の準備をし、明日に備えて早めの眠りについた。