おにみのッ 第一話 「お前が言うな」-1
春の運動能力測定と称した体育の授業、ジャージ姿の女子が二人トラックを走っている。どちらも遅い。その理由は二人とも妙な腕の振りをしているからなのだが、本人達は気付いていないのだろうか。それとも、ある種の打算なのか。そんな事を考えながら今は使われていない朝礼台に腰掛けている坊主頭の少年に、右頬に黒子のある少女が近寄って話しかける。
「ブルマは都市伝説の世界になったわね」
適度な長さの黒髪をなびかせながら、それと同じ色をした腹を持つ少女が呟いた。出来るなら、ヒロインには言って欲しくない台詞だ。だが少年が密かに「鬼」と呼び恐れるこの原ミノは、あらゆる面で従来のヒロイン像に当てはまらない。ダイキの目の前に浮かんでいる気味の悪いニヤケ面が何よりの証拠だった。
「それにしてもあの子達、遅いわね。腕の振りがなっていないわ」
まるで陸上を何十年とやってきた玄人のようなことを言い出す少女に、坊主頭の少年、浦上ダイキは呆れた表情をする。
「……そうだな。ただ不思議なことに腕の振りは問題のないお前よりも速いな」
少女二人が、並んでゴールした。遠目からでも、大して疲れていないのが見て取れる。
「訂正。腕の振りは問題無くて全力を出しているお前より何故か断然速いな」
珍しく攻勢に出たダイキを無視して、先ほど学年最低のタイムをたたき出したミノは旗が振られたのを合図に走り出した二人の男子をじっと見つめている。
「……あそこで走ってる二人、遠くて顔がよくわからないけど髪があるからあなたより数倍かっこいいね」
そう呟いて、ダイキの坊主頭を愉快そうに眺めた。的確に急所を貫かれ、ダイキは沈黙してしまう。その様を見て暗い愉悦に浸っている性格破綻者はゆっくりと続ける。
「……それにね。現代において運動神経なんてずば抜けてるかまったく無いかのどちらかの方が良いのよ。あんたみたいに中途半端にあったってせいぜい公立高校野球部の補欠がいいとこでしょ?」
動かなくなった犬の死骸を蹴りつけるときのような目をして、少女は自己正当化と追い討ちを同時にこなす。その能力は未だかつて社会に役立ったことはない。
「私も今度旅行に行くけどね。何百年前なら歩いて行かなきゃいけない道も、今なら新幹線で数時間よ? アスリートを目指さない限り運動神経なんて必要ないわ」
「……旅行に行くのか!」
なんとかしてこの話題を終わらせたい。その一心でダイキはミノの話を遮る。まだいじめ足りないといった顔をしていたミノは、暫く無言でダイキの冷や汗を浮かべた顔を眺めた後、諦めたような表情になった。いつでも出来るしね。とミノが小さく呟いたのは秘密だ。