おにみのッ 第一話 「お前が言うな」-3
「諸君、我々は偉大なる祖国から派遣された選ばれし親衛隊である。いいか! なんとしても聖火を守れ! 平和の祭典を守るために命をかけるのだ! いいか! これはもう戦争だ!」
声だけは立派だが、その顔に張り付いたニヤケ面のせいで滑稽にしか見えない。余程自信のあるアメリカンジョークだったようだ。ニヤケ面はいつにも増してその顔に笑い皺を作っている。
ダイキが何かを言いかけるより速く、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。その音を聞くなり、ミノはニヤケ面を嘘のように収めて真顔になると、後者に向かい始めた。
「おい、そんなに急いでどうするんだよ?」
ようやく痛みから立ち直ったダイキが、慌てて話しかける。ミノは振り向かない。
「やることがあるのよ。旅行の計画を完成させないと」
今日学年最低のタイムを作った少女は、嘘のような速さで歩いていく。ミノにとって好都合なことに、あらゆることにたいして寛容なこの学校では体育の授業を終了させるためにいちいち生徒が集合することはない。
「そんなこと休み時間にやらないでも、帰ってからでも出来るだろ?」
なんとなくミノについてきてしまったダイキは、当然の質問をした。
「それとも休み時間にまで計画を立てるなんて、余程大事な旅行なのか?」
ダイキはミノに合わせて早足だったために、あっという間に校庭から離れてしまった。まだ殆どの生徒が校庭にいる。何が彼女をここまで突き動かすのだろうか。ダイキには理解できなかった。
「大事? そりゃあ大事よ。いっつも人権人権言ってる奴らは、こういうときにはまったくの役立たずなんだから」
ぴたり、とダイキは足を止めた。確信に近い嫌な予感を感じたからだ。恐る恐る、ミノに尋ねる。
「なあ、お前の旅行先って……?」
今度は足を止め、ミノはダイキを睨む。いつの間にか、ニヤケ面になっていた。
「無論、長野まで……」
それだけ言うと、ミノはまた歩き始めた。ダイキはそれを追わない。
「どこの三番隊組長だよ……」
そうツッコむのが精一杯だった。ああ、今日は桜が綺麗だ。