おにみのッ 第一話 「お前が言うな」-2
「そうよ。一人旅をしたくなってね……」
そのままミノは旅行に関してのうんちく(この場合は過去に不幸な旅行者が遭遇した数々のアクシデントの話)を披露し始めたが、聞くだけ寿命が縮まるとわかっているダイキは聞き流して校庭に目を戻した。ジャージ姿の女子がまた二人走っている。この二人も腕の振りがおかしかったが、明らかにミノよりも速かった。それを確認するとニヤニヤ笑いが浮かんでしまう。
「……ところで、最近はあんたみたいに自分のことを棚に上げて相手を非難する奴が多いわよね。お前が言うな。って例が」
他のクラスの女子を観察しても、ミノよりも遅いタイムをたたき出した人間がいないことを確認していたダイキの耳に、話題が変更される接続詞が入る。また理不尽なことを言われた気がしたが、触らぬ神というものだ。ダイキはぐっとこらえる。
「自分のことを棚に上げて? 例えばどんな?」
「そうね。海賊の癖に正義や友情を語ったり詐欺師なのに詐欺師が嫌いって言ったり、鯨はダメでもヒキガエルとカンガルーと先住民は大虐殺してる奴とか、放火がお家芸のくせにあの遺産の放火現場にあの旗を持った人間が……なんて言い出す奴とかね」
「溶けても良いから少しはオブラートに包んでくれ。心臓に悪い」
引きつった顔を浮かべるダイキを尻目に、ミノは尚続ける。
「後、○京は怒るけどチベッ……」
「それ以上言うな……」
慌ててダイキはミノの口を塞いだ。全て言わせて貰えなかったせいか、ミノの目は凶悪なまでに見開かれている。そんな二人を遠巻きに眺めていた男子がいつもと変わらない光景に笑い声を立てていた。日本は平和だ。
「……大体、こんなリレーなんてつまんなくてやってらんないわよ。丁度リレーの新たな形がフランスで出来たんだから、それをすれば生徒だって盛り上がるのに」
大きな舌打ちと共にダイキに噛みついた後、ミノはそう吐き捨てた。この女、発言がいちいち危険すぎる。
「一人の生徒にトーチを持たせて、それを他の生徒が奪うって形よ。世界各国リアルタイムで盛り上がってるから、流行るに違いないわよね」
「どこの人権団体だ。そんな競技が流行る学校は」
くっきりと歯形の残った手を押さえて呻きながらも、しっかりと会話を続けるダイキは賞賛に値する。しかしミノはそんなダイキを見向きもせず、見る者の背筋を凍り付かせるニヤケ面を浮かべていた。
「青い親衛隊もご苦労様よね。国を移動するたびに祖国の好感度を身をもって知る羽目になるんだから」
そこでミノはくるりと地面にうずくまりながら苦しむダイキの方に向き直ると、精一杯野太い声を出して叫ぶ。