『鵺』-12
「何やってんだ?オマエ」
そう言ったのは、伸治の運転手兼ボディガードの辰だった。
メルセデスの車内にカン高い悲鳴が聞こえてきた。
「どうかしたか?」
クルマを降り、悲鳴の聞こえた方を見る伸治の目に、辰に腕を掴まれ、引きずられる理沙の姿が映った。
一瞬、驚きの表情を見せる伸治。
「…ちょっと!離して!痛いってば!」
わめき散らし、暴れる理沙を抑え込んで辰は答える。
「コイツがずっと覗いてたんです。デコスケのパシリかと思いまして……」
「何だ?モグラか」
遅れてクルマを降りたガマルが伸治に問いかけた。
伸治はそれには答えず、
「…ガマル。出港まで3時間は有る。今から面白いショーを見せてやるよ」
そう言って理沙を見る顔は、能面のような無表情に変わった。
メルセデスは、夕闇迫る港から離れて行った。
理沙を積んで。
打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれた8畳ほどの部屋。
わずかな明かりに照らされた空間は薄暗く、数脚のイスと机以外は何も置いていない。
そのイスに拘束された理沙。
「…な、何で…何で私が…」
彼女は泣きじゃくり、歯の根も合わないほどの恐怖心を露にする。
伸治は嘲るような目を彼女に向け、薄笑いを浮かべると言った。
「…言ったハズだ。オレに構うなと……」
「わ、分かったから…もう…もう…助けてよ」
懇願する理沙。それを無視して伸治はゆっくりと聞かせる。
「…この前言っていた望みを応えてやるよ」
理沙はもっと早く気づくべきだった。目の前のクラスメイトの正体を。
だが、全ては遅過ぎた。
伸治の右手に握られた注射器。
シリンダーの中は、透明の液体に満たされている。
「よく見てろよ」
そう言ってガマルを一瞥すると、注射器を理沙の右腕に射した。
苦痛に悲鳴をあげる理沙。
「ウチの〈カクテル〉の特徴だ。普通のアンフ〇タミン系では静脈注射が主だが、コイツは筋肉注射で同等の効果をあげられる。
つまり、射つ技術を必要としないんだ」
まるで実験報告でもするように、ガマルに説明する伸治。