『鵺』-11
璃美10歳、伸治8歳の頃だった。
その時、養護施設に送られるべく彼らを引き取り、後見人となったのが政一郎だった。
彼にすれば、自身のために死なせてしまった子分に対するせめてもの償いのつもりだった。
そうして璃美と伸治を育てた政一郎だったが、ちょうど1年前、彼は病に倒れた。
脳梗塞だった。
以来、彼は動く事も言葉も発する事も出来ない身体で、病室のベッドで生き長らえる日々を過ごしていた。
その時伸治は誓った。
今度は自分が政一郎を看る番だと。
以来、安岡組を再興するために力を尽してきた。
「すいません…そろそろ…」
病室の扉が開き、看護師が遠慮気味に声を掛けてきた。
そろそろ見舞い時刻を過ぎるのだろう。
2人は政一郎に挨拶をすると、名残惜しげに病室を後にした。
ー週末ー
辺りが朱に染まり、肌寒さを感じ始める時刻。港の貨物船ターミナルには、自動車運搬用トレーラーがズラリと集まっていた。
その数30台。荷台にはランドクルーザーが積まれていた。
税関による書類審査と、車体チェックを済ませたランドクルーザーは、自動車運搬船〈サンタマリア号〉の搬入口へと消えていく。
その様は巨大なクジラに小魚が飲み込まれていくようだ。
積み込みの現場近く。倉庫を隔てた駐車場に、黒塗りのメルセデスが停まっていた。
「どのクルマに仕掛けてるんだ?」
現場を眺めるガマルが訊いた。
「ボディサイドにラインを入れてあるヤツだ」
伸治は積み込まれていくランドクルーザーを指差す。
「燃料タンクを二重底にしてある。中身を抜いたら、アフターサービス用で渡す部品と交換してくれ」
運転手の居ないメルセデスの後部座席に2人の男。それを遠まきに見つめているふたつの瞳。
野澤理沙だった。
屈辱の数々を忘れられない彼女は、伸治の弱味を握ってやろうと、ストーカーまがいの行為を繰り返していた。
しかし、彼の素行が徐々に明らかになるにつれ、恐怖もだが好奇心が頭をもたげた。
(あんな所で…何かヤバイ雰囲気で……)
覗くような恰好で見つめる理沙。
その時、彼女の肩を何かが叩いた。
驚きの表情で振り返る理沙。