無色-1
一緒に堕ちよう。
2人だけの、透明の世界へと──
この世界は濁っている。
周りを見れば必ず何かしらの物体がある。それがヒトだろうが植物だろうが気持ち悪いことには変わりない。
秋康は上を見る。
この地には、去年までは天を見上げれば空しか見えなかった。しかし、都市開発で電線が張り巡らされ、彼のお気に入りの『空白の空間』は電線によって汚されてしまった。
この世界はどんどん汚れていく。色が混ざり合い濁っていく世界へと。
もう『空白の空間』も残り少ない。どこか新しい場所を探さなければ。
そう思ってその場を離れようとする。
しかし、秋康は出逢ってしまった。
運命の人と。
秋康のちょうど真後ろにどこから来たのか、女が立っていた。
歳は見る限りだと十代後半くらい。何にせよ、自分よりは年下なのは確かだ。
「お嬢さん、どこから入って来たの?」
優しく尋ねる。すると女は急に強張った表情になってこう言ったのだ。
「えっ、誰かいるんですか!?」
「今、貴女の目の前にいるんですが。…目が見えないんですか?」
「えぇ。生まれつきなんです」
女は明るい声でさらりと言った。その表情は美しく、同時に絵の具の純色を連想させた。
「お嬢さん、貴女ここがどんな場所か知っているんですか」
「いえ。でも触ってみて分かります。入り口以外全て周りが冷たく固い何かで囲まれている、寂しい場所です」
「その通り。ここは廃屋の一部です。冷たい壁はコンクリートですよ」
「まぁ。『一部』って?」
「屋根がないんです。だから空が眺められるんですよ」
「じゃあ、貴方は天体観測にでもいらしたのね。ここはとても寒いもの。きっと夜になったのでしょう」
「いや、天体観測などではありませんよ。散歩のようなものです」
そう言うと秋康は女に背を向けた。相手には見えるはずないのだが、何故か女の視線が怖かった。
「ねぇ、旦那さん。貴方の名前は何というの?ここで知り合ったのもきっと何かの縁でしょうよ」
「えぇ、私は『秋康』と申します。貴女は?」
「『ふみ』と申します」
「ふみさんか。いい名だ。ここへはお1人で?」
「えぇ、知らず知らずのうちに足を運んでいたらここに着きました」
そう言いながらふみは『空間』の中を歩き出す。時折流れてくる風が彼女の長い髪をたなびかせていた。