恋の奴隷【番外編】―心の音B-2
「何であなたとバスケしなきゃならないのよ。私帰るわ」
「ナッチー俺に負けるの怖いんだー。だからそうやって逃げるんだー」
奴は目を細め、うっすらと笑みを浮かべて挑発してくる。
「…私の身体能力を甘く見ないでよね」
瞬きなんかする隙も与えず、奴からボールを奪い取るとそのまま宙へと放った。ボールは弧描き、ゴールへと吸い込まれる。
「どうよ」
目を丸くして呆然としている奴に、そう言って鼻で笑ってみせる。昔から負けず嫌いというか。周りの女の子がお人形遊びをしている中、私は男の子の輪の中に交ざって、泥だらけになって遊んでいた。服を汚して帰っては、よく両親に怒られたりしたけれど…。やっぱり体を動かすのって気持ちがいい。
「もう女だからって手加減しないぜ?」
「あら、手加減なんて頼んでないわよ」
ワクワクしたようなそんな表情を浮かべつつも、真剣な眼差しを向けてくる奴に、私は自分でもびっくりするくらい、生き生きとした声を返していた。
どれくらい時間が経っただろう。ボールの弾む音と私達の息遣いだけが、静けさを帯びたこのちっぽけな空き地を包んで。空は薄暗く闇を連れてくる準備を始めていた。私の額には汗がびっしょりと浮かび上がっている。
「はぁはぁ。ちょっ!タイム!」
奴は私以上に苦しそうに肩で息をしながら、その場に仰向けになって倒れた。
「だらしないわねぇ」
私は鞄からハンカチを取り出して汗を拭いながら、呆れた風にそう言って奴の顔を覗きこんだ。
「もぉ!ナッチー強すぎ!俺の立場ねぇじゃーん」
「バスケでカッコイイとこでも見せようとしたわけ?」
「何で分かんの!?」
「カッコつけ過ぎなのよ」
「ちぇっ」
口を尖らせ拗ねている奴を見て、自然と笑みが零れる。
「ナッチーさ、笑ってる顔が一番可愛い」
すると、奴は嬉しそうに、にこにこ笑って、しれっとそんなことを口にして。ぼぼぼっと音が鳴りそうなくらい、一気に顔が熱くなる。
「あー照れてる照れてる!」
「てっ照れてなんかないわよ!」
私の顔が真っ赤に染まり上がっているのも、悪戯っ子のようにはにかむ奴の顔が、やけに眩しく思えてしまうのも、雲間からちらりと顔を出した夕日せいにして。その時はまだ、私の中で微かに動き始めた何かに、そっと見て見ぬふりをした。
「てかさ、ナッチー下に短パン履くのやめろよ」
「え?」
不満げにそう言う奴の視線の先は…
「へ、変態!」
私は声を裏返しつつも、奴の脇腹を思い切り蹴り上げた。
「げほッ!まだ見てねぇじゃん!」
「まだって何よ!?見ようとする下心がいけないの!」
やっぱり奴はただの変態だわ…。