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未来と過去と今と黒猫とぼく
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未来と過去と今と黒猫とぼく ー約束・前編ー-4

「ハァー」

手が冷たいのだろう、伊隅さんは時折、ぼくと会話する傍ら両手を擦り合わせて息を吹きかけた。
手袋を貸してあげられればよかったのだが、あいにく今日はしてきていない。
自分の上着を羽織らせようかとも思ったが、それはあまりにも馴れ馴れしく、かつ背伸びした行為に思えた。
さてどうしたものかと適当な事を喋りながらしばらく歩いていると、小さな公園の入り口に自販機があった。
ちょうど良い。
自販機の前に着くと、ぼくは、あったか〜い、と書いてある横線を指差しながら聞いた。

「コーヒーと紅茶、どっち?」
「…おしるこ」
「了解」

お金を入れてまずおしるこを買い、伊隅さんに手渡した。自分にはミルクティーを買った。
伊隅さんはおしるこを両手で包むようにして握った後、頬に押し付けた。

「ふう」

寒さが和らいでくれたのか、白い息をはいた。
その仕草に、何故だか少し安心した。
伊隅さんの体が暖まるまで、少し待ってから、ぼくは声をかけた。

「じゃあ行こう」

ミルクティーのプルタブに指をかけながら再び歩きだした。
自分にしてはまあまあ気の利いた事ができただろうか。
これ以上の親切をするには、それ相応の繋がりとか、絆とか、お互いの理解とか、そんな物が必要になるような気がした。
きっとそれは長い時間をかけて、少しずつお互いに蓄積していく物なのだろう。
そんな物は無かった、少なくともぼくには、あるはずも無かった。

「少しは寒くなくなった?」

ぼくはミルクティーを飲みながら伊隅さんに聞いた。
伊隅さんを気遣って出た言葉ではない、ただ自分のした事の結果を伊隅さんの反応で確認したかっただけだった。
だが、伊隅さんからの返事は無かった、それどころか、ぼくの横にも居なかった。
ぼくは後ろを振り返った。
見ると、伊隅さんは未だ自販機の前に居て、両手でおしるこに口をつけながら、缶ごしにぼくの顔をじっと見ていた。

「どうしたの?」

開いた距離はそのままに、ぼくは聞いた。

「…」

伊隅さんは、何も答えなかった。
相変わらずおしるこの缶ごしにぼくをじっと見るだけだった。
その視線に、ぼくは強烈な既視感を覚えた。
まるでぼくを哀れむような、悲しむような、嘆くような、羨望するような、憎むような。
言葉ではどうあっても言い表せないその目の色を、ぼくは確かに二つ知っていた。
一つは、優姉さん。
もう一つは、武内。
過去に彼らから向けられたものと、全く同種の視線を、伊隅さんは向けていた。
そのひどくまっすぐに向けられた視線が、ぼくを過去の記憶にいざなった。

「あんたさ、大丈夫なの?」
「多分、先は短いよ、勘だけど」
「やめときなさい、あんたにゃ無理よ、無理」
「自分のだけはね、どうも駄目みたい」
「私が死ぬ時は、私の側にいなさい、言っとく事があるから」
「あんたは…駄目なんだよ…」

過ぎ去った時間が頭の中をするすると巡っていた。
自分がその間、確かに世界を切り離したのを感じた。
だがそれは本当に一瞬の事だった、次の瞬間には頭の中が整理できてしまった。


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