未来と過去と今と黒猫とぼく ー約束・前編ー-3
「伊隅さん」
伊隅さんはヘラっとした笑顔で、よっ、と片手を上げた。
「帰るの?」
「うん、伊隅さんは?」
「私も帰る。カラオケが苦手でさ、君は?」
「…クラス会が苦手で」
「え?」
「何でもない、行こう、もう遅くなる」
ぼくらは肩を並べて歩き始めた。
クラスメイト、いや、元クラスメイト、伊隅秋香(いすみしゅうか)さん。
彼女とは、二年から同じクラスだった。
その間、特別彼女と親しかった訳ではない、どちらかと言うとぼくより武内の方が親しかった気がする。
それでもクラス会の帰りに二人きりになって会話が無い程、遠い間柄でもないのは幸いだった。
「クラス会、どうだった?」
「まぁ、みんな楽しんでたからいいんじゃない?」
「そうじゃなくて、君の感想」
「楽しかったよ」
「嘘。また武内君と隅っこにいたじゃん」
「あんまり騒ぐと店に迷惑がかかる」
「嘘。みんなと居るのが嫌だっただけでしょう」
土足で、しかし軽やかに人の内側に入ろうとする人で、そしてそれを隠そうとしない人だった。
入ります、嫌なら嫌と言って下さいね。
そんな飾り気が無く、すっきりとした伊隅さんの態度が、ぼくは好きだった。
恋愛感情とまではいかなくても女子の中では一番好感を持てた。
「伊隅さん、大学、ぼくと一緒だったよね」
「うん」
「同じ高校であそこに行くのは、確かぼくらだけじゃなかった?」
「同じレベルの大学ならこの辺にも結構あるしね、わざわざ県外まで行かないんだよ」
「なんでわざわざ?」
「ん…何となくかな、君は?」
「何となくかな」
「まぁ、そういうもんだよね」
もう少し深く聞けば、伊隅さんにはそれなりの理由があったのかもしれない。
聞く理由も聞かない理由もどちらもあったけれど、それでも何となく無粋に思えて結局聞かなかった。
駅までは、もう少しかかる。
その間ぼくらは思い出話に花を咲かせた。
あれは可哀想だよ、担任がしっかりすべきだったね。
努力してたんだよ、あの子も、ただ自暴自棄になっただけ、もちろん良い事じゃないけど。
腹立つよね、本当に悪いのはそっちじゃなくて、あっち、ええとほら、背が高くて坊主の方なのに。
それ、勘違いだったみたいだよ、隣のクラスに噂好きの子、いるでしょ。その子が流したデマが元、何処にでもいるから、そういう子。
何かの行事や出来事に対して、彼女が持っている感情や情報はぼくのそれとは随分違っていて、それはまるでまったく別の出来事のように思えた。
それとも、ぼくが持っている物だけが違っていて、他はみんな伊隅さんと同じように思っているのだろうか。
どちらにせよ、もう確かめる術は無い。
今しているのは思い出話で、卒業式はとっくに終わってしまっていて、何よりもぼくが、そんな過去に対してもうこれといった感情を抱けなかった。