桜ドロップス-1
「先生、これ…」
咲は手のひらに置かれた小さな箱をじっと見つめた。目の前にいる男は微笑みながら言った。
「お返し。今日はホワイトデーだろ?」
時は少し遡って2月14日の朝。
コンビニで咲は手のひらにある小さなものを見つめた。
「どうしよう…。でも、これなら変には思われないよね」
そう呟き、それを握ってレジへ向かう。
「せーんせっ、コレあげるー♪今日はバレンタインデーだからねっ」
咲が担任の手のひらに置いたものは小さなチョコ。コンビニで売っている1つ20円のものだ。
「佐倉、先生嬉しいけど、奥さんが…」
「先生は生徒だって愛してるでしょっ」
そう言って担任の背中を笑いながら叩く。
咲は明るく、誰にでも分け隔てなく接するタイプだったため、誰にでも好かれた。
咲がいるだけで周りの雰囲気が華やぐ、そんな存在だったのだ。
けれど、そんな咲だって特別な存在がいる。
「咲、あんた本命にはあげないの?」
「あたしの本命はみんなですけど?」
「もーう、何言っちゃってんのよっ」
嘘だ。
本当は1人いる。
でも、他の人には絶対に言えない。
友達にも20円チョコを渡し切った。あとは帰るだけだ。
しかし、咲はまだ帰れなかった。あと1つ、ポケットに残っているのだ。
ぐずぐずしてんな、あたし。大丈夫、いつも通りにすればいい。
向かった先は職員室。
左手はポケットの中。
いた。
咲はそっと男のもとへ近付く。そして。