仮装情事。〜鉄の女と人気レイヤー〜-6
「「……」」
どちらも何も言わない。いや、多分言えない。
何を言えばいいかわからず。
どう言えばいいかわからず。
ただ無為に、時間だけが過ぎていく。
普段ならこういう沈黙の時、誰かしらの声で我に返りそうなのだが、こういう時に限って撮影目的のファンも来ない。今はそれが、恨めしい。
そして。
「……そ、そうですか」
哲也が口を開いた。
明らかに狼狽えている。その事から、やはり気付いているのは明白。
「じゃ、じゃあ…今日はありがとうございました…」
だが私の事に触れてはいけないと悟ったのか、素知らぬふりをして去ろうとする。
「…!」
引き止めなければ――私はとっさに手をのばし、哲也の腕を掴みたい衝動にかられる。
だが、できない。
「…ま…また、来てくださいね」
「アイリ」として、この場でファンを引き止めてはいけない。同じコスプレイヤーや他のファンに余計な心配をされる。
だから、足早に去っていく彼に対し、笑みを浮かべて見送るしかなかった。
――そして、哲也がまばらな人ごみに消えていく。
「……」
それを確認した私は――
「あ、どうしました、アイリさん?」
「すみません、すぐに戻りますっ」
衣装を着たままトイレへ直行。今までドレス系の衣装を着た事は何度もあったから、走り方は心得ている。
転ばずにトイレに着いたら、個室に飛び込み鍵をかける。そして、懐にしまっておいた携帯を取り出すと、さっさとキーを打つ。
理由は、哲也にメールを送るため。
『タイトル:
内容:会場の入り口で何が何でも待っていろ。言い訳や用事については聞き入れん』
速攻でメールを完成させたら、後は電波状況を確認して送信。すぐに「送信完了しました」と出る。
これでよし――閉じた携帯を懐にしまい、私は安堵。その後、トイレを出て会場に戻りながら、少しだけ祈ってみた。
ちゃんと待っていてくれ――と。
それからしばらくして、イベントが終わった私はいつもコスプレ仲間としている雑談を早々に切り上げ、急いで着替え、会場入り口へと走る。
いないかもしれない。
もしかしたら、人違いだったのかもしれない。
だが、そんな事など関係ない。いようがいまいが、私は自分が指定した場所へ一刻も早くたどり着く事しかできない。
「…はぁ…はぁ…」
――すぐに着いた。
充分な話ができるように頭を巡らせるため、深呼吸で息を整えながら、私は辺りを見回す。