恋の奴隷【番外編】―心の音A-2
休み時間、男女数人で輪になり、教室でも一際盛り上がっている集団を遠巻きにぼんやり眺めていると、不意に奴と目が合ってしまって、とっさに目を逸らしてしまった。これじゃまるで私が奴に気があるみたいじゃない。
「夏音どうしたの?具合でも悪い?」
片手で顔を覆い、悶々と考え込んでいる私に、柚姫が心配そうにひょっこりと顔を覗かせてきた。
「ううん、何でもないのよ」
そう言って頼りなく笑ってみせる私を、柚姫は黒目がちの丸い大きな目をパチパチと瞬かせて見詰める。
「…柚姫って本当可愛いわね」
そうまじまじと真剣な眼差しを向けて言う私に、柚姫は分かりやすいくらい頬を赤く染めて照れていて。柚姫みたいな女の子を、男は普通可愛いと思うはずで、私は奴に可愛いと思われるような仕草を一時たりとも見せていない。奴はただ単に変わっているのか、はたまた軽いだけなのか…。
―キーンコーンカーンコーン…
終業時刻を告げるチャイムが学校中に響き渡る。
まるで私の心を映したようなどんよりとした曇り空を見詰めながら、のそのそと帰る支度を始めた。そうだ、こんな気分の落ち込んでいる日は柚姫を誘ってお気に入りのクレープ屋さんにでも行こう。そう思い付いて、後ろの席を振り返ると、柚姫は何やらとても急いでいる様子で、教科書を鞄の中に詰め込んでいた。
「ゆず…」
「夏音、ゴメン!今日優磨と約束してるから先に帰るね」
そう早口に告げると、脇目もふらずに急いで教室を出て行ってしまった。
「ナッチー今日暇ぁ?」
タイミング良くにたにたと締まりのない顔で私に近寄ってきた男が一人。
「…椎名君。私忙しいの。あっちに行って」
露骨に嫌な顔をして、しっしっと手の平であっち行けのサインをした。
「だって今ヒメにふられたばっかじゃん」
ヒメっていうのは柚姫のこと。一部の男女は彼女のことをそう呼ぶ。名前から文字ったのだろうけれど、確かにお姫様みたいだしね。
「失礼ね。私は一人で寄るところがあるのよ」
私はあくまで冷静に、かつ鋭い口調でそう言った。
「じゃあ俺も行く!」
そんな奴の的外れな返答に、まるでコントのようにずるりと椅子から転げ落ちそうになった私は、不覚にも奴の腕で支えられてしまった。
「今時そんなぼけ方すんのナッチーくらいだよ」
クツクツと喉の奥から笑い声をあげる奴に体勢を整えさせられた私は、トホホと小さく溜め息を落としたのだった。