遅雪-1
─雪が降ったらお前に言いたいことがある─
これは約束。
大切な人との約束─。
──12月25日。
この日は聖なる記念日。恋人たちは互いに愛を囁き合い、子供たちはサンタクロースからのプレゼントを心待ちにする日である。──
パタンッ。
そこまで読んで本を閉じた。
「バカバカしい」
私はため息をつく。
この国ではそんな行事はありえない。第一、誰もこの行事の存在など知らないだろう。
「そんな事はないぞ。他の国の伝統を知ることも必要だ」
「ふーん」
私の隣で微笑みながら言う義父。
私の母は3年前、この義父と再婚した。
本当の父の顔は覚えていなかったから、私はすぐに義父に馴染むことができた。
しかし、去年の冬、母が病気で亡くなった。このまま1人になってしまうのかと思っていた私に、義父は「一緒に暮らそう」と言ってくれた。
その時義父はあたしにこうも言った。
「雪が降ったらお前に言いたいことがある。それまでは俺はお前の家族でいる」
私はその言葉の意味さえ分からずに、ただ黙って頷いた。
あれから1年経った。
私は今年で20になり、義父は29になる。
年がそれほど遠くないこともあって、他人同士2人で暮らしても気まずくなることは無かった。
けれど義父は知らない。
私が彼に父親以上の気持ちを抱いていることに。
「クリスマスみたいな行事は宗教的なものだから、ここみたいに無い国もあるんだ」
義父は大学の教授で、都会の学校で生徒に社会を教えている。
私は全く勉強していないため、こうやって彼が休みの日には勉強を教えてもらっている。
「ねぇ、何でクリスマスが恋人たちの日でもあるのさ」
「クリスマスは冬だから雪が降る場合が多いんだ。だからムードも高まるってわけ」
「変なの。雪が降って喜ぶなんて」
「まぁ、この国じゃ雪が降ること自体が珍しいからな」
そう、この国は温暖化の影響によって気候が変化し、平均気温が30℃前後という熱帯の国となってしまった。
昔は雪も降っていたようだが、それも100年前の話。今じゃ雪どころか、雨すらたまにしか降らず、そのため作物も育たない。
農作物の不作は食糧難を招き、そのため貧富の差を生んだ。
政府はこれに対して対策を施したが、それは一部の者に対してだけで、治安の悪化を増幅させた。