遅雪-3
「けっ…こん?」
「そう、結婚」
「誰と?」
「名前は知らないけど…、金持ちらしいよ」
「金持ちって…。お前、名前も分からない奴と結婚するのか」
「そうだよ」
義父の声は怒りか驚きか分からないが声が震えている。
私は悲しみを殺して明るい声で話を続ける。
「何か向こうがあたしを見かけた時に一目惚れしたらしいよ。それで、先月求婚された」
「先月って…。この間『話がある』って言ったのはこのことだったのか」
「うん。別にいいでしょ?所詮はあたし達『他人』だし」
怒って欲しかった。
それで「結婚するな」と言って欲しかった。
自分勝手かもしれないけど、本当は止めてほしかった。
でも、現実は残酷で。
「…分かった」
義父はそう言うと、私に背を向けて自分の部屋に戻って行った。
直前に見えた彼のブルーグレーの瞳は悲しげで、彼が去った後、私は瞳から溢れる涙を止めることをしなかった。
──3月4日。
あの日から私と義父は会話をしなくなった。
その間に婚約者の男と何回か彼の親戚に挨拶廻りをしたり結婚の日取りを決めたりするために会った。
男は本当に誠実で優しく、顔もいい部類に入る端正なものだった。
けれど、結婚の日を来月に控えた今になっても、私の心の中には男ではなく義父が棲んでいた。
そんな中。
「あっ、…雪」
その日はちょうど男と2人で街中を歩いていた。
「雪ですよ、僕初めて見ました」
喜びはしゃぐ彼を尻目に、私は空を見上げた。
空から落ちる、真っ白な雪。
それは私の心の中でくすぶっていたものを呼び起こす。
─雪が降ったらお前に言いたいことがある。それまでは俺はお前の家族でいる─
─雪が降ったら─
義父は私に何を言いたかったのだろう。
『それまでは家族でいる』ということは、どのみち私と離れるつもりだったのか。
でも、もう何もかもが遅すぎた。私は来月には目の前にいるこの男と結婚して、義父とは家族ではなくなるのだから。
「この雪も、もう少し早く降れば良かったのに」
そんな私の呟きを聞いた男は笑って言った。