未来と過去と今と黒猫とぼく ー黒猫編ー-1
よく晴れた春の日だった。
その日、ぼくの黒猫が死んだ。
名前をくろと言った。
ぼくがまだ小さい頃何処からか拾って来て、飼う飼うとただをこねて飼い始めたらしい。
悲しい事にその時の記憶はもう頭の片隅にもない。
くろはとても綺麗な猫だった。
元捨て猫とは思えない程、毛並みもぴんとしてツヤツヤとして、本当に綺麗な猫だった。
風呂上がりには、ぼくが暖かそうなのかすり寄って来た。
好物の刺身をやろうとすれば目を見開いた。
甘噛みが少し強めで痛かった。
滅多に鳴かないくせに甘えたい時だけ鳴いた。
そんなくろが今日、帰ったら死んでいた。
玄関でくたっと目を閉じたまま、正に眠るように死んでいた。
抱き上げた。
死んでいるのは解っていたから、そのままぎゅっと抱きしめた。
まだ体は柔らかかった。
猫独特の、太陽の匂いがした。
父が帰って来て家族が全員揃った後、くろを近くの人気の無い丘の上に埋めた。
妹と母さんとばあちゃんは泣いた。
父さんは黙って手を合わせた。
ぼくは泣かなかったし、手も合わせなかった。
泣いたってくろは帰って来ないのは解っていたし、猫に仏教なんて通じないと思ったからだ。
ただ一言、「ご苦労様」と労った。
その後、「くろのおはか」と妹が書いた墓碑を立てた。
家族がみんな帰った後も、ぼくは独りくろの墓の隣に座っていた。
辺りはもう真っ暗で、風がザワザワと冷たくて、とても寒くて。
もう3月なのにこの気温という事は、やはりそろそろ地球は危ないのかもしれない。
くろの墓をまるでくろのように撫でながらそんな事を考えていた。
手には温もりなんて、欠片も感じられなかった。
「命は儚い」と言ったのは誰だっただろうか。
その言葉の通り、くろはあいさつも無しに死んでしまった。
あまりにも皮肉だ。
産まれる時には皆が苦労するというのに、死ぬ時は誰が見るでもなく死んでいく。
命は儚い。
少しつついたり、目を離しただけで、すぐに壊れてしまう。
ずっと考えていた、そう、あの日からずっと。
そしてくろが死んだ事でその疑問は更にはっきりと、ぼくの中に浮かび上がった。
死と生、そこには何かの意味があるのだろうか。
くろの生と死には何かの意味があったのだろうか。
ぼくの生と死には何かの意味があるのだろうか。
もちろん、それに反対する意見も頭の中に生まれてはいた。
だが、その度に今のぼくがそれを否定した。
意味は、いずれ見つかるさ。
それっていつだ?
生きている事が意味なんだよ。
そんなのただの言い訳だ、飯があれば、心臓は勝手に動く。