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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-24

「…亮さん。ずっと騙していて、ごめんなさい」
「…いいよ。君は、伝えたかったんだろ?届かなかった翔子の想いを、彼女の代わりに。だから、『光の末』に、メッセージを託した…」
「…はい。亮さんが気付かなかったら、いつか自分の口で言おうと思いました。手紙であなたが、薄々感付いている事は分かりましたけど、真実は、あなた自身に気付いてもらいたかった…。だから、敢えて私からは伝えませんでした」
「…伝わったよ。翔子から君への、君から僕への、SOS…。君は、翔子の代弁者だったんだ」
僕と羽純はまた、物言わぬ墓標に視線を戻した。
「姉は、本当にあなたの事が、好きだったんです。あなたの話しを私に聞かせてくれる時、とても、幸せそうな顔をしていました。私の家庭では、姉は中心的な存在でした。姉が笑えば、みんなが笑った。綺麗で優しくて、お父さんも、お母さんも、自慢の娘でした。勿論私に取っても、大好きな自慢の姉でした。姉が死んでから、家の中は歯車を失った時計みたいに、時を刻む事を忘れていました」
僕は少しだけうなずいた。紀崎家が何処かよそよそしく、無機質な雰囲気を漂わせていた理由が、ようやく分かった。それは僕が危惧した通り、やはり悲しみに起因するものだったのか。
「私はそうは思ってなかったけど、周りからは良く、姉とそっくりだって言われてたんです。だから、亮さんがあの日ウチに来た時、とっさに姉の名前を出してしまいました。想いを伝えきれずに死んでしまった姉が不憫で…。いえ、想いを伝えるだけなら、さっき言った事をそのままあなたに言えば良かった。でも、あの時、あなたも何処か寂しそうだった。心に鍵を閉めて、殻に閉じ籠ってる。根拠はないけど、そんな風に感じたんです。姉を死を伝えたら、あなをますます傷付けそうで…怖かった。あなたの心の扉を開けるのは、私じゃ駄目だと思った。それができるのは姉しかいない。何故だかそんな風に感じたんです。だから、紀崎翔子を演じていました。私は、閉ざされたあなたの心のを扉を、ノックするだけ。姉の想いが鍵を開けてくれるのを待っていました。そして、鍵の外れた扉を、あなた自身が開くのを…」
「でも、扉を開けたら、其所に居たのは翔子ではなく、君だった」
「…偽りだと、あなたは言いますか?」
「…分からないよ。けど、これだけは言える」
僕は墓標から視線を戻し、羽純の瞳を見つめた。もう其所に、翔子の翳はなかった。
「君との、羽純との日々は、楽しかった。その想いは本物だと思う。ありがとう」
羽純は優しく微笑んでうなずいた。
「亮さんも、笑って下さい。約束、果たしに来たんでしょ?」
僕は笑おうとした。でも、できなかった。羽純から翔子の翳が消えたら、急に翔子の死が鮮明になった。羽純から目を反らし、通りの木々を見遣った。木漏れ日の下、あの頃の笑顔のままの、翔子が居たような気がした。夢幻でも良いから、もう一度だけ逢いたい。
「ごめん…まだ笑えないよ」
僕は、瞳に浮かぶ涙が溢れ出すのを、防ぐ事ができなかった。仔猫の時と同じだ。僕が、翔子が死んだ原因。僕がこの世に居なければ、翔子は今も何処かで笑って居られたのに。茫洋と立ちすくしていても、涙だけはとめど泣く流れ出た。
羽純の指が、優しく僕の頬を撫で、流れ落ちる涙を拭ってくれた。
「今は、泣いてもいいよ?」
羽純の手を取り、僕はうなずく。
「笑って想い出すのは、後でもいいよ。今はまだ、想い出なんかにしたくないんですよね?まだ、心の中では生きてるんですよね」
耳元で優しく囁く羽純の瞳もまた、次第に潤んできた。その細い肩を抱き締め、僕は泣いた。子供のように泣いた。羽純はそれ以上、何も言わずに僕の肩に手を回してくれた。気が付けば何処からか、蝉の鳴き声が聞こえていた。すぐ其所まで来た夏の気配が、途方もなく場違いに感じた。


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