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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-20

「俺と違って、体裁やプライドより大切なもんが、お前には在る。束の間の、上っ面だけの馴れ合いで満足できるような男でもない。お前が求めるものは本物の、クサイ言葉だが、「愛」だ。それを手にするリスクが怖くて手が出せない。そう言うなら、俺は皆まで言わねぇ。勝手にしろ。冷たい言い方だが、それで誰かが死ぬわけでもない。けどな、亮。一つだけ覚えておけ。列車はいつか発車する。待ってはくれない。これは定義だ。そして、目的地に着くには、その列車に飛び乗るしかない。途中下車もできない。乗ったら一直線。事故が起きないという保証もない。あるいは、その列車は見送って、次の列車に乗るという手も在る。けど、行き先が一緒とは限らないんだぜ?乗っても乗らなくても、一か八かだ。だけどな、前に進む方法は、列車に乗るしかないんだ。片道切符だ。後戻りはできねぇ。この意味、分かるな?」
怜治はそれっきり、口を閉ざした。後はお前自身で考えろ。そう言っているような気がした。
僕は立ち上がった。
「部屋に戻るよ」
思いの他、強い口調が出た事に安堵する。
「ああ、それが良い。もう遅いからな」
怜治は一変して気の抜けた顔になる。ドアまで歩くと、怜治は僕の背中を強かに叩いた。バシッという小気味良い音が響く。
「ったく。このガキ!恥ずい台詩言わせやがってよ。どうよ?先輩の教訓は貯めになったか?」
苦笑する怜治を呆けた目で見る。
「…先輩?僕と同期じゃないのか?」
「あ?言ってなかったか?俺、一年浪人してんだよ。今年で19。ティーンエイジャー最後だぜ?」
怜治はにんまりと笑って何故か親指を立てた。
「成程…ね」
僕は苦々しく笑った。何だか、随分と肩の力が抜けた気がする。
「お?何だその笑みは?」
怜治は怪訝そうに片眉を持ち上げた。
「いや、何でもないよ。じゃあ、オヤスミ、先輩」
「先輩はやめれ!首筋が痒くなる」
そう言って、僕等は笑顔のまま別れた。
 部屋に戻ると、僕はすぐに翔子宛てに手紙を書き綴った。ウィスキーの酔いは残っていたが、気にはならなかった。書き綴るとは言っても、今までで一番短い手紙だった。明日、大事な話しが在る。要約すれば、それだけだ。けれど、其所に秘めた覚悟は今までとは比較にならなかった。僕は手紙を便箋に閉じて、灯りを消してベッドに入った。怜治に叩かれた背中の痛みを頼もしく思いながら、独り、静かに眠り就いた…。
(夢を見ていた‥其所には、僕独りだけが、たたずんでいた。紅に染まった木々の下で、僕独りだけがたたずんでいた。僕は泣いていた。幼い頃の僕だった。小さな腕に、仔猫を抱いていた。死んでいた。仔猫は冷たかった。秋の風のせいじゃなかった。
『何で?』
僕は問掛けた。
『何で僕の躰は暖かいのに、君の躰は冷たいの?』
仔猫は死んでいた。だから、何も言わなかった。
『ネコちゃん‥死んじゃったの?』
いつの間にやって来たのか、僕より小さな子供が、問掛けた。知っている子だった。僕はその子に教えられた。
『死んでるんだよね』
僕は言った。認めた所で、涙が止まる筈もなかった。
『泣いちゃだめだよ‥笑っておくってあげなきゃ‥ネコちゃん、もっとかわいそうだよ』
その子は冷たくなった仔猫と僕を見上げて言った。
『‥笑えないよ‥泣きたいよ‥』
僕の声は、震えていた。
『じゃあ‥泣けば?いっぱい泣きなよ。いっぱい泣いたら、その後で、笑えばいいよ』
僕は、うん、とうなずいて、いっぱい泣いた。仔猫は冷たかった。僕の涙も冷たかった。その内、その子は言った。
『おにいちゃん。約束してね。私が死んだら、いっぱい泣いてね。そしたら、笑ってね。悲しい目で私を見ないで、楽しかった想い出として、笑って想い出してね』
『‥うん‥約束するよ』
僕は泣いていた。その内、少女もこらえきれずに泣き出した。
 目を覚ました。不思議な程に、その夢は鮮明だった。枕は、少しだけ湿っていた。
 僕はガレージでいつものように、バイクに新聞を詰め込んでいた。隣に怜治が来て、僕に挨拶をする。
「よお。今日は、どうすんだ?」
「片道切符は買ったよ。後は列車に乗るだけさ」
「そっか」
それで会話は終わった。それだけで充分だった。先に準備を整えた僕はバイクに跨った。キーを指し込み、エンジンに火を着ける。その鼓動は僕の意志を鼓舞するかのように、いつもより逞しく聞こえた。        「それじゃ、お先に」怜治は手を上げて答えた。やはりその目は、弟を見るように優しげだった。その瞳を彼女に向ける事ができたら、きっと彼も変われるのだろう。僕はアクセルを捻り、彼女の家へと向かった。
 夏が近付き、朝靄に濡れた花々が朝日を浴びて、瑞々しく輝いていた。陽の光は優しげで、誰にでも公平に降り注いでいた。清々しい朝だった。


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