「命の尊厳」前編-9
夕方。自宅に帰り着くと由貴のファッションショーが始まった。
購入した服を次々と着替えては邦夫と京子に披露する。
邦夫と京子は笑顔を湛えて、その姿を見つめていた。
お披露目がひと通り終わると、夕食の時間を迎えた。
テーブルのホットプレートで焼ける肉や野菜の音や匂い。久しぶりの母の料理に弾む会話。
〈家族で食卓を囲む〉
何気ない出来事が、最高の喜びに思えた由貴だった。
「お母さん。私、お風呂入るから」
リビングで寛いでいる2人にそう言うと、由貴はバスルームに向かった。
久しぶりの自宅のお風呂。
脱衣所で服を脱いだ。
ふと、洗面所の鏡に自分の身体が写る。由貴は鏡に近づいた。
病院では見る勇気が無かった。
胸元の真ん中を縦に、20センチくらいの手術跡が生々しく浮かんでいる。由貴は指先でなぞりながら、改めて大変な手術だったのだと思った。
〈ドクン!〉
その瞬間だ。心臓が突然、鼓動を速める。
「…あ…ああ…」
由貴はその場にしゃがみ込んだ。
ドクン、ドクンと激しく脈を打ち、息が出来ない。額に脂汗が浮かぶ。
(…ああ…いや…怖い……)
しばらくすると、鼓動はゆっくりと収まり、由貴の身体は何事も無かったように軽くなった。
(…何…だったのかしら?)
由貴は独り言を呟くと、バスルームへと向かった。
「じゃあ、おやすみなさい」
パジャマに着替えた由貴は再びリビングに現れてから、自室へと消えた。
階段を上がりドアーを開らく。
入院前と同じように爽やかな香りに満ちている。
(お母さん。レモングラス置いてくれたんだ)
部屋の壁には、レモングラスの束が掛っていた。
久しぶりのベッド入る。
(…お布団もふわふわだぁ…)
退院日に合わせて京子が干してくれたのだろう。布団からは、お日様の匂いが充満していた。
めまぐるしい1日を終えた由貴。気だるさに喜びを感じながら眠りに就いた。