「命の尊厳」前編-7
「森下さん!」
後から2人を呼ぶ声がする。
そこには加賀谷と執刀医の楢原が立っていた。
「先生。由貴は!娘はどうなんですか!?」
京子が加賀谷に詰め寄る。
その時、楢原が間に割って入り、
「手術は成功しました。後は術後経過に問題無ければ、2ヶ月ほどで退院出来ますよ」
彼は優しい顔で2人に答えた。
「先生。ありがとうございます」
2人は、深々と頭を下げる。
集中治療室に眠る由貴を、邦夫と京子は窓越しに見つめている。
麻酔で眠っているせいか、その表情は穏やかだ。
2人は手を取り合って、嬉しげな表情でいつまでも見つめていた。
ー2ヶ月後ー
病院の玄関前には加賀谷や看護師数人が集まり、にこやかな表情で拍手を送っている。
その中心で由貴が、女の子らしい服装で送られた花束を抱えて笑っていた。
由貴の退院日。
術後の辛いリハビリテーションを乗り越え、ようやくこの日を迎えられたのだ。
「先生。お世話になりました!」
由貴は血色の良くなった顔を加賀谷や看護師達に向けて、深々と頭を下げる。
「これからしばらくは、週に1回検査して様子を見て行こう」
加賀谷の言葉に、由貴は笑顔を振りまき声を弾ませた。
「はい。これからもよろしくお願いします」
父親邦夫が運転するクルマの後部座席に由貴は乗り込むと、窓を開けていつまでも手を振って病院を後にした。
それを見送る加賀谷は、久しぶりのすがすがしい気分に浸っていた。
自宅への道中、由貴は上機嫌だ。
今まで出来なかった事を、あれこれ思い付いては口にする。
「お母さん。私、焼肉が食べたいな」
「良いわよ。今日はお祝いだもの」
「じゃあね!後ね、プリンも」
「なあに、由貴。小さな子供みたいに。食べ物ばっかりじゃない」
はしゃいぐ由貴を、京子は軽くたしなめた。だが、その顔は笑っている。
「オマエの部屋も、あの日のままだぞ」
邦夫も会話に入って来た。