「命の尊厳」前編-4
術後3時間。
心臓、肝臓、腎臓、角膜、骨髄など様々な臓器が保冷器に収められ、手術室前に待っていた関係者に手渡される。
病院の屋上。ヘリポートには緊急搬送用のヘリコプターが待機していた。
ヘリコプターに乗り込む関係者は保冷器を託される。彼はパイロットに合図を送った。
ヘリコプターはローターの回転数を上げ、目的地へ向けて飛び立った。
がらんどうになった野上諒子の身体。研修医達は、全身を大きく切り開かれた皮膚を縫い合わせて元通りにすると、彼女を手術室から霊安室へと移すのだった。
ー大阪ー
〇〇大学病院 循環器科。
森下由貴はこの病棟に入院して来月で2年になる。
襟元まで伸ばした髪に大きな瞳。その顔立ちからは健康な人と何ら変わりない。
しかし、病的に白い肌とやや黒味がかった唇が彼女の病気を表していた。
拡張型心筋症。
そう診断されたのは15歳の時。
心臓の筋肉が伸びてしまい、機能が低下する病気だ。
彼女は翌年、医師の勧めからバチスタ手術を受けた。
手術は成功し、以前ほどではないが健康な身体に戻る事が出来た。
だが、それは一時的だった。
その2年後に再発。以来、この病気の根本的治療法である心臓移植を受けるべく、辛い入院の日々を送っていた。
しかし、心臓移植が必要な患者数は年間100人近くなのに対し、脳死判定によって移植手術が行われるのは10例にも満たない。
由貴の両親は、移植先進国であるドイツへ渡ろうと考えるが、それには2億近い金が必要だった。
両親は賛同者と共に募金活動を行う事にした。
しかし、2年を経過した今も、未だ2億には程遠かった。
日々、弱まっていく身体。死の恐怖がつきまとう。そんな娘に力になってやれない両親は、無力感に嘆くのだった。