「命の尊厳」前編-18
夜も更けてリビングに居る邦夫と京子。だが、その表情は寛ぎには程遠いモノだ。
夕食を終えた後、由貴が〈着替えてくる〉と部屋に向かい昼間に買った服を邦夫に披露した。
邦夫は〈なかなか似合うじゃないか〉と口を濁したが、本心では驚いていた。
「どうしたんでしょうねぇ……」
京子は深いため息を吐く。
それに答えるように邦夫が言った。
「明後日は病院に行く日だろう。担当の先生に聞いてみたら?」
「本当に…急に味覚は変わっちゃうし、服の好みも…それに」
「それに?」
邦夫の問いかけに京子はまた、ため息を吐くと、
「…今朝、私のドナーはどんな人だったのかなって…」
「それは同じ立場なら誰もが思うんじゃないのか?」
「でも、手術を受けて3ヶ月、1度も言わなかったんですよ。それが今になって……」
「それも含めて先生に聞いてみろ。いくら心配しても、私達には見守ってやるしか出来ないんだから」
邦夫は立ち上がると、〈先に寝るぞ〉と言ってリビングを後にした。残された京子は、またひとつため息を吐いた。
由貴は夢を見ていた。
それは昨夜と同様に回廊を上がっていた。手すり伝いに1段づつゆっくりと。
「…うん…ん…」
声が漏れる。
心臓が鼓動を速めた。
「…うう…ん…ん…」
無意識に胸を押さえ、身体を屈める由貴。
仄暗い回廊。あとわずかで頂上にたどり着く。
だが、ひとつだけ昨日と違った。
(…誰…あなたは…?)
その踊り場に女性が立っていた。
それはフラッシュバックで表れた女性だった。
(何?何を言ってるの)
女性は由貴に何かを語り掛けていた。
しかし、彼女には聞こえない。
瞬間、扉が開き閃光が女性の身体を包んだ。
「…!」
由貴は目を覚ました。
そこは昨日と同じ、バスルームの前だった。