「命の尊厳」前編-17
「お母さん!」
「どうしたの?そんなに慌てて」
由貴がバタバタと階段を降りて来る。
「ちょっと、服買いに行って来るから!」
「服って…あのワンピースで良いじゃない?」
「アレ…何か違うの。買ってそのまま行くから!」
由貴は慌てて靴を履くと玄関を出て行ってしまった。
(…違うって?自分で選んだのに……)
京子は不可解な思いで娘を見送った。
ー夜ー
「ただい〜ま!」
7時過ぎ。由貴が帰って来た。
京子はパタパタと玄関まで出迎える。
「おかえ…!どうしたの?それ」
由貴の姿を見た京子は驚いた。
黒いジーンズに白のカットソー、黒のジャケットを身に付けているからだ。
由貴は玄関口でクルリと廻ると、
「ヘヘッ、似合う?」
照れた表情を見せる。
だが、京子の顔はこわばっていた。小さい頃から桜色や水色など、淡く明るい色が好きだった娘が原色、それも黒とは。
「い、今までとずいぶん印象が変わったわね」
「でしょう!有理も会った時に言ってたわ。〈変わったね〉って」
由貴は嬉しそうに話すと、玄関を上がって自室へと向かった。
それを追う京子の目には言いようの無い不安に襲われていた。
――−‐‐
夕食の時刻。邦夫も早めに帰宅し、久しぶりの一家団欒。
ただ、同じオカズだが由貴だけ味付けが異なっている。
彼女はそれを食べながら、久しぶりに会った友達の話を邦夫と京子に聞かせた。
「もう5年ぶりだから〈ずいぶん変わっちゃったね〉って言われてさぁ」
実に嬉しそうに語る由貴。自然と2人の顔もほころぶ。
京子がチャチャを入れるように、
「それは服装が違うから印象が変わって見えたのよ」
その言葉に興味を持った邦夫。
由貴に視線を向けると、
「どんな服を買ったんだい?」
「後でお父さんに見せてあげる」
「じゃあ、早く食っちまおうかな!」
そう言っておどけて見せる邦夫。
やや置いて笑い声が上がる。実に温かい時間を過ごす3人だった。
――−‐‐