「命の尊厳」前編-14
「美味しい!」
由貴は満足気に鶏肉を頬張り、薄めた味噌汁をすする。
「由貴。一口もらっていい?」
そんな姿を不思議に見えたのだろうか。京子は由貴の食べる鶏肉をもらって食べる。が、肉と脂の味しかせず、とても美味いと呼べる代物では無い。
京子の中で水辺の波紋のように、不安が広がっていった。
「へぇ、味付けがねぇ」
京子の話に邦夫は不可解と言った表情を見せて答えた。
夜の10時過ぎ。彼は仕事を終えて帰宅すると遅い夕食を摂っていた。
邦夫は煮付けと味噌汁を食べると、
「特に変わったとは思えないな」
「でしょう。だから私も不安で」
「由貴はどうしたんだ?」
「今朝のウォーキングで疲れたって。先に部屋で休みましたよ」
邦夫は〈そうか〉と言って、あまり気にした様子も無く、
「まあ、来週にも病院で見てもらえ。薬の影響で味覚が変わったのかもしれんだろう」
「そうですね」
京子はそう言うとジッと一点を見つめてる。それを見た邦夫は苦笑いを浮かべた。
彼女はわりと思い詰めるタチだった。邦夫は立ち上がって彼女の手を握り、
「京子。あまり先を急いではいけないよ。まだ、由貴が帰ってきて1ヶ月じゃないか」
京子は俯き加減で邦夫の手を取り答える。
「…そうね。まだ1ヶ月よね」
邦夫と京子が手を取り合っている頃、由貴はベッドの中で眠っていた。朝のウォーキングの疲れが徐々に出始め、夕方には筋肉痛と怠さが身体を襲っていた。
父の帰りまで何とか我慢しようとしたが、さすがに睡魔には勝てずに午後9時過ぎにはベッドに入ってしまったのだ。
彼女は、夢心地の中だった。
「…ん…ううん…」
由貴が眠ってどのくらい経ったのだろう。真夜中。彼女のうめき声が部屋に響き出した。
漆黒の闇が辺りを埋め尽くす。
光も無く、上下左右も把握出来ない。
その中を彷徨う由貴。
次第に目が慣れてくる。前方には漆黒に染まる回廊が見える。
由貴は回廊を真下から仰ぎ見た。しかし、先は闇に吸い込まれていた。