学園の社長〜社長の連盟騒動〜-12
「ここが潜水連盟支部なのか」
「いかにも」
ホテルのフロントを倍くらいに拡大したような空間だった。床は水色のタイルでできていて、どこからか天井がとても高いところにあり、海底に建っているのが信じられないほどの開放感があった。壁は赤っぽい茶色、彫りなどの装飾がなされていた。どこかの風景画らしき絵が一定間隔に飾ってあり、どこかクラシカ ルな雰囲気を醸し出していた。『潜水連盟合同研究会』と書いてある広告が一角の掲示板には張ってある。そして部屋の奥の方はどこかの場所に通じる通路がいくつかあった。俺一人だと確実に迷いそうだった。
「海底にいるというよりどこかの高級ホテルに来た気分ですね」
「私もここには初めてくるが派手な場所だな。壁にエッチングの装飾がなされてたり」
俺と錦田は予想外の建物内部に驚嘆した。
「そうだろう? ここら一帯はすべて我輩がデザインしたのだ。絵画などはわざわざ地上から潜水艦で運搬してきたのだ」
「これらの絵はバルビゾン派と呼ばれるフランスの西洋画で統一されているな。農家や田園の絵が壁の装飾に見事に調和している。ミレー、テオドールにルソー……」
ブツブツと錦田は意味の分からない単語を連呼する。山崎はよくいってくれたとばかりに目を輝かせた。
「いかにも! といっても全部本物ではないがな。なに、ちょっとした玄関の飾り物だ。ではこの先に君たちを案内しよう」
山崎は勇み足で部屋の奥へと進んでいく。俺と錦田も周囲を観察しながら歩いていく。見れば見るほど海の中にいるとは思えない場所だった。通路に行くと、他の部屋への扉がいくつもあり、それぞれに展示室、第一会議室、監査室と書いてある札がついてあった。
長い通路をしばらく進んでいくとやがて終着点に達した。終着点には支部長室と表示されている扉があった。
「ここが我輩の本拠地である支部長の部屋だ」
「意外と簡素なつくりになってますね」
錦田が興味深そうにあたりを見物しながらいった。山崎はそばにあった座席に腰掛けるよう二人に促すと、自分ことについて話し始めた。山崎の話によると、彼はもともとは田舎の漁船の艦長をしていたらしい。そして各地の港を転々としているときにこの連盟の存在を知ったのだと山崎は誇らしげな様子でいった。な ぜ船長と呼ばれるのかというと、漁師時代に山崎が船長という言葉が好きで、連盟内で支部長に昇進すると、その名で我輩を呼べと部下にきつく命じていたことから今にいたっているかららしい。
それからというもの山崎の身の上話とやらを散々聞かされた。しかしそれらは山崎の功績を語るだけのなんのオチもない自慢話で、俺はあくびをこらえ始めた。話が終わると、山崎は急に椅子から立ち上がった。
「さて、ここで本題だ。実は錦田君、君に折り入って頼みがあるんだよ」
錦田は眉をしかめる。
「頼みとは? 要求されたとおり非常用の酸素機器は確かに譲渡したはずだが」
「いやいや、あれは」
山崎はばつが悪そうな表情でいった。錦田に非常酸素機器はわざわざここまで連れてくるまでの口実だったのか。
「特別顧問になってくれれば、いくらでも君の望むものを用立ててやる。けっして不自由はさせん。どんな贅沢も許すぞ」
どうやら特別顧問とやらになれば欲しい物がなんでも手に入る毎日ウハウハの生活を送れるらしい。でもなぜそこまでして山崎は錦田を誘うのだろうか。こんな学生一人にそんな価値はあるのか。
錦田は山崎の太っ腹な発言にはまったく動じず、首を横に振った。
「船長、今あなたは不自由させないといったが、それはどこまで自由なのか教えてほしいね」
「急に何を聞くのだ。まあいい、答えよう。契約して顧問になってくれれば君には専用の潜水艦を与える。その間、必要なものがあればなんでも用意する。そしてそこからは自由に生活してかまわないといっているのだよ。まあ、月に一度は連盟の集まりに参加してもらう必要があるがね」
だが、錦田は首を縦に振らなかった。