『傾城のごとくU』中編-7
「ミャーン、ミャーン」
私はチコに笑い掛ける。
「残念でした〜!もう逃げられないよ。観念して洗われなさい」
お風呂場へのガラス戸を開けて中に入ろうとすると、何かに引っ掛かった。
(…?…)
見ると、チコが前足で扉を掴んでいるではないか。
私は思わず吹き出した。
「アッハハハハッ!チコ、そんなにイヤなの」
その必死な仕草と形相に、笑わずにはいらなかった。
ようやくお風呂場に連れて来て、お湯を掛けてやると観念したのか急に大人しくなった。
というより怖くて震えてる。
シャンプーを手に取って身体を泡立てる。最近はペット用にもリンスインシャンプーが出来て便利になったと亜紀ちゃんが言っていた。
彼女が犬を飼っていた頃は、シャンプー、リンスは別々で、すごく手間が掛かったらしい。
洗ってからシャワーで泡を洗い落とす。黒い毛がツヤツヤに光って見える。毛が濡れたために身体の線が分かるが、スッゴく痩せてる。
毎日あんなに食べてるのに。
キレイに洗い終わり、余分な水を身体から絞り出す。タイミング良く母が脱衣所に現れた。
「千秋〜。古いバスタオル、ここに置くから」
「ありがと」
チコは大人しく洗われながらも、最初から最後まで〈ニャウンッ〉〈ミャーオン〉〈ウァァアン〉と数々の鳴き声を披露してくれた。
脱衣所のマットにチコを置いて、母が持ってきてくれたバスタオルで手早く拭きあげる。足の方はタオルで揉んで水分を吸い込ませるように。背中やお腹はゴシゴシと。
タオルの後はドライヤーで毛を乾かす。逃げないようチコの身体を母に支えてもらい、手櫛で乾かしていく。毛に水気が無くなったところで、ブラシを使って毛並を整えてやれば完成だ。
「さっ、皆に見せておいで」
チコをお風呂場から出して、私はお風呂場を洗い、チコを拭いたバスタオルを手洗いして、脱衣所に残る水滴を拭いていた。
廊下に出されたチコは居間へ戻ると、母の横に座って身体中の毛をペロペロと舐めだした。
お風呂場の掃除を終えて、洗ったバスタオルを干して居間に戻って来ても、まだ舐めていた。
「せっかくキレイにしたのに…」
「毛に脂気が無くなったからイヤなのよ」
そう言えば目覚めた時やゴハンの後は必ず身体を舐めている。
ひとしきり舐めて落ち着いたのか、チコは居間から台所へ向かうと水を飲みだした。洗ってる最中に鳴き続けたためだろう。
水を十分に飲んだ後、また居間へと来て自分の寝所に入り、寝てしまった。
西のの空が山吹色に染まる頃、父が帰って来た。
「ただいま。庭にバスタオルが干してあるが…」
「あっ!いっけない」
取り込みに行った。触ってみるとまだ湿ってる。仕方なくハンガーに掛け直して居間に干そうと戻ってみると、
「たまには贅沢しようと思ってね!蟹を買って来たんだ。ズワイガニだぞ」
父はそう言うと、自慢気に蟹の入ったビニール袋をかかげ、母に渡した。