『傾城のごとくU』前編-7
しばらくして、母が居間に来た。
「ちょっと千秋!もう8時よ」
「エッ!もうそんな時刻?チコにミルクあげなきゃ」
私は慌てて、補乳瓶に粉ミルクとお湯を入れてミルクを作る。
「この黒いシールは何なの?」
となりで見ていた母が私に訊いた。
「これは適温になるとオレンジに色が変わるの」
「ヘェ〜、便利な物ねえ。私がアンタ達産んだ頃なんか手首で温度を確かめてたわ」
母は感心しきりだ。
「病院でやったけど、上手く出来なかったのよ…」
私が補乳瓶を振って冷ましていると、姉が台所に入って来た。
「チコ…起きて鳴いてるわよ」
「分かった」
補乳瓶を振りながら、私は居間へ向かった。
チコは座った恰好で〈ミー!ミー!〉と元気に鳴いていた。
「はい、は〜い。ちょっと待ってねぇ」
補乳瓶のシールがオレンジに変わった。私はミルクを指先に付けてチコの口に塗って、吸い口を近づけた。
チコは口の周りをペロペロ舐めて、〈フンフン〉と吸い口を嗅いでいる。
さあ、いつものように飲んでよ。
やがて、補乳瓶を包む私の手を前足で掴み、〈ジュッ、ジュッ〉と音を立てて飲み始めた。
「あ〜。飲んでる。かわいいなぁ」
姉や母も、そばにしゃがみ込んでチコを見つめる。チコは目を細め、私の手を押し引きしながら勢いよく飲んでいる。
「これは何をしているの?」
チコの仕草が気になったのか、姉の小春が訊いた。
「これはさ。親猫からお乳を出やすくしてるんだって」
「ヘェ〜。誰にも教わらなくても覚えてるんだ」
「そうね。生きるための本能だよね」
ゆっくりと動かしていたチコの前足が止まった。吸い口を離そうとしている。
「お母さんティッシュ!」
そっと吸い口を離すと、チコはミルクを少し戻した。口元を拭いてやり、掌にチコを乗せて背中をゆっくり撫でてやる。
「ゲップさせるの?」
母は私の仕草を見て訊いた。
「そう。親猫は、お乳を与えた後に背中を舐めてあげるんだって」
しばらく撫でてやると、〈ケプッ〉といって、また少し戻した。
口元をキレイにしてやり、お腹も満足したようだ。