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揺らめきたる月のπ
【悲恋 恋愛小説】

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揺らめきたる月のπ-1

厚すぎる雲。月も星も見えない。闇にそびえる陸橋。2本の線路を跨ぐこの陸橋は、駅裏という場所に似付かわしく薄汚れている。人通りが少なく、電車が通るたびに軋み、そして時に自殺志願者を引き付ける。ここを通る時はいつも少し不安で早足になる。特に今日みたいな夜には。塾の帰りはいつも遅くなるけれども、高校受験必勝講座とかなんとかの受講案内のせいで今日はかなり遅くなった。この陸橋は好きじゃないけど、近道はここを通るに限るから。
 僕は陸橋の階段をテンポよく一段とばしで上って行く。階段を上りきったところで、陸橋の真ん中あたりに誰かいるのが見えた。こんな時間に、この陸橋で、しかも制服姿の女の子が一人。あの制服だと隣の女子校だろう。明らかに不審だ。彼女は短いプリーツスカートから伸びる足を交差させて、両肘を手摺りにつき、組んだ指の上に顎を乗せている。彼女の横顔を眺めながら歩いていた時、突然ある考えに辿り着いた。
 一気に体中の血が逆流していく。背中が一瞬で冷たくなった。まさか…まさか…。僕はゆっくりと彼女の後ろまで歩いて行った。彼女は姿勢を変えず、肩までの髪だけがただ揺れている。落ち着け。落ち着け。僕は一つ息を吸った。

 「ねえ。死ぬの?」
 人も電車も通らず、月も星も無い夜に、僕の声だけが陸橋の上で広がる。
 彼女は交差していた足をほどき、ゆっくりと振り向いた。血色の悪い顔に唇。そしてこの夜が沈殿したような目。

 「だったらどうする?」
 彼女は手摺りに背中を付けて腕を組んだ。
 僕は鞄を握り直した。
 「だったら…だったら、止めて上げるよ。」
 「止めて上げる?誰も頼んで無いのに恩着せがましい言い方。」
 鞄の把手が手に食い込み、掌が汗ばんでくる。
 「だって、君が止めて欲しそうだから…。」
 彼女は2度瞬きをした。 「止めて欲しくもないし、そもそも死のうともしてません。」
 彼女は足元に置いてあった鞄をすぐに拾い2、3歩歩くと駆け出して僕の横を擦り抜けた。振り返ると、陸橋の下へと駈け下りる彼女の頭が揺れながら小さく見えた。

 僕はぼんやりしたまま家に帰り、陸橋から飛び降りて死んでいった人はどんな気持ちだったんだろうと考えた。でも彼女は本当に死ぬつもりだったんだろうか。僕の早とちりだったのかもしれない。それならそれで構わない。ただ少し恥ずかしいだけだ。

 それから僕は塾の行き帰りに、意識的に陸橋を通るようになった。彼女に会いたいかもしれないし、会いたくないかもしれない。この間の事を知りたいかもしれないし、知りたくないかもしれない。よくわからないのだけど。
 結局そうやって一週間が過ぎたが、彼女と擦れ違うことも無かった。

甘ったるい空気の中で僕は伸びをした。最近は学校の机が窮屈で、もう一度伸びをするとパイプの接続部分からみしりという音がした。テストが終わった後のこの空気が僕はひどく嫌いだ。テストの出来栄えについて「駄目だ」とか「全然」とか、お互いの信頼関係を取り繕う為につき合う嘘。くだらない。くだらない。

 「おい、テストどうだった?俺全然でさー。」
 僕の前の席のやつが笑いながら僕を覗き込む。こいつはクラスの中でもトップ3だ。
 「俺も全然。」
 そして僕も信頼関係を崩さない。くだらないことだけど。
 「そういえば、お前知ってる?隣の女子校で自殺した子がいるって。」
 背中にあの時の冷たさがじわりじわりと忍び寄る。 「ど…どんな子?」
 「さぁ、それは知らないけど、なんかいじめられてたみたいなんだ。女子校とか陰湿で怖いよな。」
 ―いじめ…
 彼はおもむろに携帯を取り出した。


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