10年越しの恋心-4
抱き寄せた瞬間に鼻を擽った甘い香りに、意識が一瞬で飛びそうになった。
腕の中にすっぽりと収まっているその体は、柔らかくて温かい。
俺の胸に顔を埋めて泣いている聖がとても愛しくて、つい腕に力を込めてしまいそうになる程だ。
でも俺は、その衝動を必死に抑えて聖の背中をポンポンと叩いた。自分を…落ち着かせる為に……
「早く泣き止めって…」
溜め息混じりに声が出た。
自分を抑えられるのも、もうそろそろ限界だ。聖の甘い香りに、俺は完全に酔っている。
抱き締めたい。
でも、抱き締めたら離せなくなりそうだから…聖から一刻も早く離れたい。
「子供扱いしないでよ…」
俺の言葉を勘違いしたのか、聖が腕の中でスネた様な声を上げる。
「子供を子供扱いして何が悪い?」
そんな事これっぽっちも思っていないクセに、俺はつい条件反射の様に反応してしまった。
「子供ぢゃないっ!」
「じゃぁ、泣き止めよ…」
「もう泣き止んでるもんっ!」
(あぁ…良かった……)
離れても不自然じゃない口実が出来て、全身からホッと力が抜ける。
俺は、俺を酔わせる甘い香りを手放して、自らゆっくりと聖から離れた。
安堵と、寂しさと…この相反する二つの感情を抱きながら……
俺から解放された聖は、今度は何故か、下を向いたまま動かなくなってしまった。
泣き止んだと言っていた筈なのに……
「聖?……どうした?やっぱりまだ泣いてるのか?」
俺は、少し屈んで聖の顔を覗き込む。
その途端、目をうるうるとさせたままの聖の顔が一気にぱっと赤く染まった。
「ははっ、タコみてぇ…」
「タコじゃないっ!光輝君のイジワルっ!」
「意地悪で結構!」
「もおっ!」
聖が赤い顔のまま頬を膨らませる。
昔と同じ様にムキになって反撃するその姿が、可愛くて堪らない。
俺だけに向けた表情、俺だけの聖…今この瞬間を、俺しか知らない。
これだから俺は、聖をからかうのが止められないんだ。
(これじゃ、聖よりも俺の方が子供だな……)
「ねぇ、光輝君…」
しばらくして聖は、上目使いで俺を見ながら言った。
「子供扱いでも良いからさ、挨拶くらい…させてよ……私ね、もっと…光輝君と…話…したいな」
とどめを刺された様な…そんな感じがする。
心臓がドクッと音を立てて、また抱き締めたい衝動に駆られた。
それを必死で抑えながらも、やっぱりどうしても触れたくて…俺はそっと聖の髪を撫でる。サラサラとした感触が心地好い。
手を動かす度に、聖が擽ったそうに笑みを浮かべた。
離したくない、もっと触れていたい…そんな想いばかりが、徒に強くなっていく。
(あぁ、そうか。俺…聖が好きなのか……)
聖の髪をしばらく撫でていると、不意に強い視線を感じた。
(いつから…見てたんだ?)
それは教室の入り口、ドアの向こう…博也がそこから、刺すような視線をこちらへと向けている。
博也は俺と目が合った途端、不自然な作り笑いを浮かべて教室のドアをガラッと開けた。