ぬくもりに溺れて-1
――小説本文は此処から――
丑三つ時、部屋の外からびゅうびゅうと風の泣く声が聞こえてくる。
その音に怯えているのだろうか。部屋の主である人物は頭まですっぽり布団を被っている。
「御爺ちゃんの馬鹿。早く帰ってくるって言ってたのに」
布団からちょこっと顔を出し、周囲を見回してみるが薄暗く、蝋燭の灯りが隙間風でゆらゆら揺れている。
部屋の主はあどけない顔つきの少女。
「御爺ちゃんの嘘つき」
少女は今にも泣き出しそうな顔でそう呟くと、枕に顔を押さえつけて無理やり眠ろうとする。
その時だった。ふと部屋の外でミシッ、と古い木床が踏まれ、悲鳴を上げる音を聞いた。
その瞬間、少女は躰を硬直させる。
だれなの、と問いかけたいものの、硬直した躰は金縛りにあったかのように動くことが出来ず、言葉を発することなど到底出来はしなかった。
しかし、
「御嬢さん、私です。頭《つむり》です」
突如聞こえてきたその声。それを聞いた瞬間少女はばっと布団を撥ね退けて、部屋の出入り口である襖をさっと開いた。
「頭!」
襖を開けると、そこには一人の男が立っていた。
少女は余程一人が怖かったのだろうか、襖の前で灯りを持って立っている男に勢い良く抱きつく。
「御爺ちゃん、まだ、帰って、な、いよ」
少女は男に縋りつきながらそう言えば、瞳からぽろぽろと透明な雫を零す。
男はそれを見ると困ったような表情になるものの、次の瞬間にはふわりと優しく微笑んだ。
「御嬢さんが眠りにつくまで、私が傍にいて差し上げましょう。他の妖《あやかし》達はまだ百鬼夜行の最中ですから」
百鬼夜行、それは毎夜毎夜行われる妖達の行進で、少女の祖父はこれに参加している。その為に少女はいつも夜は一人だった。
少女は男の言葉を聞くと、ふと涙でびしょびしょに濡れた顔で男を見上げた。
「頭は、ひゃっきやこう、行かないの?」
少女が問いかけると、男は常におろされている瞼にそっと触れながら、
「私は目が見えません。百鬼夜行に行くのは少々面倒で」
この理由は御爺様には内緒ですよ、と男が小さく囁くと、少女はこくんこくんと何度も頷いた。
「さて、眠りましょうか。朔藍《さくら》御嬢様」
縋り付くその腕をそっと放しながら、男は静かに少女に言った。
少女は男の言葉には幸せそうに微笑みながら、布団に飛び込んだ。
*