飃の啼く…第22章-16
「愛してる。愛してる。愛してる、飃…」
子供のように泣いた。泣き腫らした瞼が重くなり、そのまま眠ってしまえるほどに。今眠れば、お母さんに会えるかもしれない。夢の中で。でも、今はここにいたい。夢の中などではなく…飃の腕の中で、どうしようもない嵐のような心を抱えたまま。
お母さんが犠牲にした命…何のためだろうと、ずっと思っていた。私はまだ、生き延びる可能性がある。でも、母の選択の先には必ず死があった。何故だろう。父さんへのお義理で?それとも、理由などなかったのだろうか?母の人生には、狗族なんて存在しなくても良かったはずなのに。
でも、こうして飃の腕の中で見る世界…たくさんの何かが生まれ…それと同じか、それ以上の何かかが滅びゆくこの世界は…とても美しい。元に戻ることはないたくさんの変化や喪失を抱えてもなお…この世界を輝かせるのはなんだろう?
「愛してる。」
―うん。うん、愛してる。ありのままの貴方を。この世界の一部である、そんな貴方を…ずっと。
腫れの引いた頬にこぼれた新しい涙が、少しだけひりりと沁みた。私は手紙を注意深くたたんで、再び封筒の中に戻した。つかの間、私の体温が写って温まった手紙は、私の机の引き出しの、奥の小箱に仕舞われて再び開かれる時まで温度のない眠りについた。かわりに、私の心に新しい火を灯して。
「ティッチュ」
つまった鼻のせいでティッシュと発音できなくても、彼の苦手な横文字でも、飃は理解してくれた。彼が古風にちり紙と呼ぶ四角い箱が差し出され、私は盛大に鼻をかんだ。
「へへ…」
何もおかしくなんかないのに、なんだか笑ってしまう。多分、安心したんだ。ひどい顔だろうな、とは思ったけれど、飃に顔を向けた。夏に向けて熱し始めた日差しを浴びて、立ち上がった私を見つめる彼は、とても…
「綺麗だ、さくら。」
「えぇ…?冗談いわないでょ…」
かさぶたと、傷と痣。子供の頃の私には勲章だったけど、男性の前で誇れる顔じゃない。
「おいで。」
私の照れ隠しなんか意に介さないで、そっと手を引き寄せる。
「口はまだ痛むんだろう?」
「まぁね…」
キスする場所なんて、他にいくらだって見つけられる…貴方なら。
「ん…」
焦らす様に、鼻の先で首筋をなぞられる。誘うように少し開いた口から、漏れる吐息を感じた。ゆっくりと服を脱がせて、肩から腕、肘の裏と、くすぐったい様なキスに思わず笑い声を上げてしまう。
「己は真面目に探してるんだ。」
真面目な声を出そうとして、飃が眉根を寄せる。
「何を?」
左腕を奪われた私が、くすぐったさに身をくねらせながら聞く。