辛殻破片『我が甘辛の讃歌』-7
「そう、ぼくはナギさんじゃない」
「君は何だ?」
悲しそうに、だけどちょっと微笑んでみせて、僕にとってありえない言葉を口にする。
「幽霊かもしれません」
「生憎、僕は幽霊なんて信じない」
対して凪の姿をした自称幽霊は、闇を一瞥し、
「なら、そうですね…」
と、口元に手を添えて、何か思い巡らす様子を見せた。 いや、見間違いだった、手の甲を舐めていた。
次の言葉は僕を含め一部の人、『そいつ』に関する全ての人達が驚く一言だった。
「いつの日か、" シャムちゃん "と呼ばれていたものです」
高速で記憶を探る。
『幽霊』、『凪』、『シャムちゃん』。
思い出した、
瞬間、暗闇が縦に切り裂かれ、中から溢れ出した光が瞳に染み着く。
「……………」
目の前の凪が透に変わった。 つまり、僕の意識が覚醒したと承認される。
「…将太? 大丈夫か!?」
がくがくがくがくと脳を揺らされる。 …声が出ない。
『出せない』と言った方が正しいか。 あんなにも大声でヒステリックに怒鳴り散らして、喉が嗄れるのは当然の報い。
この場に凪がいないことに気が付き、非常に気になった。 でも、それよりも先に、声が出たら謝ろう。
先のことを思い出していた。
僕は幽霊とか妖怪とかユータイリダツとか、オカルト系の話題は一切信じないタイプである。
しかし、あの黒猫が『シャムちゃん』だとして、彼が自分で言った通り『幽霊』なら、どうしても信じざるを得ない。
ただの夢に過ぎてほしい。 が、過ぎてほしくないような、よくわからない、複雑な気持ちが渦巻く。
凪は強い。 反面、とても脆い。
外側からじゃ決して壊れないのに、内側からだと簡単に崩れてしまう。
気持ちの切り替えは早い。 だが" 一度壊れたものはゴミのように溜まっていく "。
これ以上、凪が壊れていく様を見ていたくなかった。 という、それだけの理由で、僕が壊れた。
…何処も彼処も矛盾してる。
「取り乱してしまってすみませんでした」
透と聖奈さん、二人の前で頭を下げた。
が、返答は返ってこなかった。 あんなことをしておきながら、今更謝罪を口にする僕を見て怒ってるのか呆れてるのか、絶対にどっちかの思念があるからこそ、何の言葉も出ないのだろう。 いや、どっちもか。
何にせよ、世話になってる身だというのに、僕はどこまで馬鹿な行為をするつもりなんだ?
「俺もさっきはそうだったな」
反射的に頭を上げる。 すぐ数センチ先にある見知った顔は、僕の親友、そのもの。
「俺が謝って、それで将太はどうした?」
「むしろ僕が謝るべきなんだ」、
「気にすることないよ」、
「友達だから」。
「つまり、そういうことだ」
ニカッと、透は笑って、聖奈さんは、とびきり優しい笑顔を見せてくれた。
僕の周りは優しすぎる。