辛殻破片『我が甘辛の讃歌』-6
まだ凪さんは息をしている。 倒れていても必死に生きている。
冷静に、冷静にちゃんと考えて、宮藤聖奈。
どうすればいい? どうやって落ち着かせればいい?
心を落ち着かせるのではなく、身体を落ち着かせるべきなのか?
冷や汗と脂汗が同時に流れ、止まらない。 胸を押さえつけてもがく凪さんを静観しながら処置法を考えているものの、脳が上手く働いてくれない。
わたしの息が乱れようとしていた時、凪さんが足下に縋り付いてきた。 体を波打たせる動きは変わらず。
彼女はわたしに助けを求めているのか、擦れた声で何か呟いている様だった。
体中の鼓動を抑え、ゆっくりしゃがみ耳を澄ますと、
「コエガキコエタ…」
声が聞こえた、
「ウエヲムイタ…」
上を向いた、
「ネコガナイタ…」
猫が鳴いた、
「キラワレタ…」
嫌われた。
◇
がくがくと、誰かに肩を揺らされた。
十中八九、その誰かは透だろうけど、確かめようがない、確かめる必要がない。
放心してる、無防備の僕に絡み付くもの。 刺刺しく、茨のようで、解く術が見つかりそうにもない。
動くと棘が刺さり、痛い、血が滲む。
僕にどうしろと言うのだ。 棘を食い込ませ、動かなくなるまで暴れろと、そうしろと言うのか。
暗闇の底で、「果てぬ役、死ねる様無かれ」道化のピエロが囁いた。
死ねない? 永遠に、鋭い痛みを味わい続けることになるだと? そんなの嫌だ。
闇の穴から顔を出し、「悔い在りしもの、逝くべきは迷獄」傷だらけの人形が吐き捨てた。
地獄でもいい、僕じゃ凪を助けられない。 だから開き直れる、悔いなんかない、すぐに消える覚悟は出来ている。
どこからともなくやってきて、棘の先に乗り、「だからこそ、あなたは死ねない」黒猫が囁き、僕の顔を舐めた。
「だからこそ、ぼくはあなたを見つけにここまで来れた」
僕を絡むものが溶けるように無くなる。
そして黒猫は体を丸め、ぐにゃりぐにゃりと姿を変えていく。
パッと消えたかと思うと、黒猫が居た位置に凪が現れた。
「…凪!? ………いや…」
『雰囲気が違う』それだけで" 凪じゃない "と認識できた。