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甘辛ニーズ
【コメディ その他小説】

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辛殻破片『我が甘辛の讃歌』-4

 右手にスプーン、左手に皿を持つ、ここまでは至って正常。
 そのままの意味で、顔が天を向いていた。

 瞳じゃなく顔面が、真上に向かって、無表情のまま、天井を凝視している凪。

 本来人間は、長時間、極度まで首の間接を曲げていると脳波が乱れ、頸部の定位置がズレてしまう。
 そもそも長時間の間、真上を向き続けることはほぼ不可能とされる。

 最初から配置されていたひとつの人形が、動きも音も一切ない舞台劇を描いている。
 芸術がわからないだけなのかもしれないけど、沈黙しかない劇が面白いとは思えない。
 それ以前に不気味だ。

 僕に続き、透と聖奈さんが気付いた時点で、空気の流れが停止した。


 待て。
 正面には透と聖奈さん、こちら側には僕と凪。 二人と二人で向かい合わせに座っている絵が出来る。
 すると、正面の二人はこちらの方向に向かざるを得ない。

 今、この二人が初めて、凪の異変に気付いたのなら、僕の考えは間違っているということになる。
 " 凪は数秒前に異変を起こし始めたらしい "。

 なんだ、これは。

 僕は『恐ろしいもの』でも見ているのか?

 固まった凪と、固まった僕達と、固まった時間。

 今までにこんなことはなかった。


 それでも、おかしすぎるくらいに冷静な僕が、止まった時の中で口を動かせていた。

「な、」

 しかし、声が出ていたかはわからない。

「凪」


 びくん。

 僕の視界がブレたのか、それとも凪が動いたのか。

 少なくとも今の時点では、後者の方が効率的。

「うん? なに?」
「何を見ていた?」
 もう口が勝手に動いていた。 先の『異変』が何なのか、知りたいが為なのか。
「………………」
 無言。
 対して、僕は自分でも驚くほど冷静だった。
「黙ってちゃわからないだろ。 どうしても知っておかないといけないことがあるんだよ」
「おい、将太…」
「凪の為に、これからの為に、僕達は知っておかないといけない」
 何がなんだかわからない。 何をどうすればいいのか、全然わからない。


「お前は誰だ?」


 最初から全てが違っていた。
 喋り方や常々の癖、身体や心だって、全部。

 凪はこんな奴じゃないって、わかってたのに、僕はずっとわからないフリをしていた。
 こいつは凪じゃないんだと、今確信した。

 憤怒の念が揺らぎ出す。


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