やっぱすっきゃねん!U…D-3
「礼!」
選手が一斉に帽子を取り、一哉に向かって〈ありがとうございました!〉と、声を張りあげた。
一哉は白い歯を見せると、
「優勝旗…待ってるぞ」
彼は再び永井に話掛けてから、尚美と有理のそばに行った。
そして、尚美の肩を叩き、
「…頑張ってな……」
それだけ言うと、有理を連れて球場へと向かった。
ひとり残された尚美。
テントとの距離、数メートル。
目当ての信也は、球場入りの準備をしていた。
(…行け…早く……)
自分をけしかける。
だが、足は根が生えたように、最初の1歩が出ない。
信也がバックを右肩に掛ける。
(……ああ…行っちゃう……)
切なげな目で追う尚美。
その時、
〈ドンッ!〉
何かが背中を押した。
「…!」
よろめきながら足が前に出た。
尚美は振り返る。そこには有理が立っていた。
(…ユリ……)
尚美は口元をキュッと結ぶと、意を決して信也に近づいて行った。それを見届けた有理は安堵の表情で、球場へと駆けて行く。
信也の前に立つ尚美。
だが、どう話掛けて良いやら分からない。ここに来るまでは、様々なシミュレーションをしてきたが、現実になると頭の中はパニックに陥っていた。
(…え〜と、え〜と……)
焦る尚美。すると、信也は彼女の存在に気づき、
「…君、たしか澤田の……」
逆に信也から声を掛けられる。彼女にとって、嬉しい誤算だ。
「…は、ハイッ!カヨの友達で、や、安田尚美です」
顔を赤らめ答える尚美。
その時、永井が球場入りを告げる。信也は慌てたように、
「じゃあ、安田さん。またな」
信也はそれだけ言うと、球場へと駆けて行った。
遠ざかる姿に尚美は声を掛ける。
「頑張って下さい!スタンドで応援してますからぁ!」
信也は振り返ると、左手を挙げて球場内へと消えていった。
〈ありがとう〉の言葉を残して。
しばらくの間、尚美は球場入口を見つめながら立ち尽していた。
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