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水宮祭[1]
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水宮祭[1]-4

初めて正面から見た彼女は、すっと通った鼻筋と印象的な大きな瞳の持ち主だった。

急に幻が現実になった驚きで、身動きできずにただただ彼女を見つめた。

彼女は俺の方を見て、少し目を細め、一礼した。
長い黒髪がさらさらと流れ落ちる。

その時やっと呪縛が解けたように動けるようになった。
「ま待って!今から下にっ」
屋根から滑り落ちそうになりながら下に着いた時、彼女は泡のように消えていた。
「もう帰ったわよ、あの人。なんか茶髪の人にタオル貸してもらったって…。先月から来てる人よね、あんたいつ会ったの?」
姉からタオルを投げ渡される。
"民宿 大山"と電話番号まで黒文字で印刷されているタオル。きちんと洗濯してあるらしい。
「姉ちゃん、あの人のこと知ってんの?」
「まぁ、2ヶ月くらい前から帰って来てるみたいだけど昔はここら辺住んでたし。」
観光客じゃなかったのか。
もっと詳しい話を聞こうとしたその時、
「知佳っ!善矢っ!つまらないこと話してないで仕事しなさい!!」

地震・雷・火事・おふくろ、とは姉と昔から笑った、しかし大山家の内情をよく示したジョークだ。うちの男は見た目はいかついが、実権は女ががっちりと握っている。
そして見た目さえも女々しい俺はとことんこき使われる存在らしい。
その日は結局泳ぎにも、本屋にも行く事なく日が暮れた。


ザザァ‥‥ザザァ‥‥…

飛沫が足下で砕けてはすっと海へ引いて行く。
子供の頃、学校から帰るとすぐ海へと走った。道弘と潜り比べで溺れかけたり、夏中ゴーグルしっぱなしでパンダになったり、バカな思い出もたくさんある浜辺なのに、夜はどうしてこんなによそよそしいんだろう。
夜空よりも濃く暗い海。
波が誘うように寄せては返す。じっと見ていると、海がだんだん近づいてくるような、引力を増すような妙な気分になってくる。
見慣れた海を、怖く感じる。

人の気配を感じて振り向いた。
「…こんばんは。」
この時を待っていたくせに変に声が掠れてしまう。
昼間と同じ真っ白なワンピースを着た彼女は、目を微かに見開き、長い沈黙の後、

「…‥こんばんは。」

とそっと呟いた。目見に合った澄んだ声。思ったよりも深みのある声だった。
「あの…、っと。昼はタオル、わざわざ返しに来てもらっちゃって、その…俺、大山 善矢って言います。あ、今、大学生二年だけど実家は民宿やってて‥いや、そりゃもう知ってるか」
あああ!何やってんだ、俺。待ち伏せまでしといて!
緊張のあまり、自分が何を喋っているのか分からない。

「…‥そう。」

終わった…。その一言の後の気まずい沈黙。ダッシュでここから逃げ出したい。うん、彼女にこれ以上不快に思われない内に帰ろう。いや、それはそれで怪しいか…
「ルナ。」
「えっ?」
「ムナカタ ルナ。」
彼女は砂浜に“宗像 瑠那”と人差し指で書いた。
「あ、瑠那…さん。」
「そう。」
彼女にならって自分の名前を書いてみる。彼女の端正な文字の斜め下に大きい雑な字。
「ヨシヤの善はじいちゃんから一文字もらったんすよ。善吉の善って。」
視線を下ろして、俺の汚い文字をじっと見る。自分が見つめられている訳でもないのに何だか気恥ずかしい。長いまつげが月明かりで影を落とす。


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