壊れた日常-1
うだるような夏の日。車の窓を開けて煙草の灰を落とす。
窓の外には海と空。同じ青でありながら、空は透き通るような青さを、海は深淵を覗かせる深さを主張しているように感じられた。
「ねぇ、明人」
頬に伝わるひんやりとした感覚に、思わずハンドルを切りそうになる。隣にいる彼女はよほど僕のリアクションが面白かったのか、声をあげながら笑っていた。
「心臓に悪い」
「ごめんごめん」
ちらりと見ると、そこには昔懐かしい瓶のラムネが彼女の手の中に収まっていた。
彼女はまったく悪びれた様子もなく、器用に詮であるビーダマを落とし、ラムネを飲み始めた。
《……本日…時……基地より……》
ラジオからは不鮮明だが今日のニュースが流れていて。ふと途切れた。
「ねえ、音楽かけてよ」
彼女は僕にそういいながらも勝手にステレオをいじっている。止める気もないし、連日同じ内容のニュースには飽きていたので、無言で同意する。
しばらく経つと、スピーカーからアップテンポな曲が流れ始める。なかなかいいセンスだ。
「ねぇ」
「ん?」
彼女の言葉に耳を傾ける。
「この国、負けるかな」
それは疑問というよりも、確信するために僕に同じ意見を求めているように聞こえた。
この国が戦争を始めて一週間。
たったの一週間だが、もう国民の大半はこの無駄な戦いの結果を予感している。
軍の面子。政治不信。そして、自分等から喧嘩を吹っ掛けておいて、ただ逃げの意見しか言わないお偉い方たち。
誰が敵で、何が正しいのか。それすらもわからない。
もう、先は見えていた。
幸いなことに、まだ此方にも敵側にも被害という被害は出ていない。圧倒的な戦力差による威嚇は、僕らの国の軍を硬直させるには充分なようだ。
「さぁ、わからない。だけどさ」
「だけど?」
彼女は不安を感じている。それは僕も一緒だが、ただの一般人には、どうすることも出来るはずがない。
ヒーローのようにも、ヒロインのようにも僕らはなれない。ただのちっぽけな男Aと女A。