割れた卵-1
片田舎にある駅のホーム。僕らは並んでベンチに座っていた。
始発の電車があと数分で来るが、このホームには僕と彼女しかいない。まるで日常から拒絶されているようだ。
『向こうに着いたら連絡するね』
彼女の一言から感情を読み取ることが難しくて、僕はただ軽く頷くことしか出来なかった。
彼女は今日、故郷へ帰る。
いよいよ学生生活も終わる僕らは必死に就職口を探した。彼女は地元に、僕はここに。
彼女の地元はここよりも田舎らしく、山の麓にあるらしい故郷の写真には雄大な山の景色と、どこかノスタルジックな町並みが写っていたのを覚えている。
アナウンスが流れる。彼女はその体には少し大きいバッグを持つと、立ち上がって白線の前まで進んだ。
予兆はあったんだ。
彼女の顔が、段々と疲れていったから。
それは僕の力ではどうしようもなくて。歯痒くて彼女に思わず当たってしまったこともあった。
なぜ僕では替わりにならないのか、その理由は明白で。だけど彼女は僕には言わなかった。
それが、余計に辛かった。
例えるなら僕らの世界は卵のようだった。
まるで社会を敵のように見なしていた僕は、二人だけでこの世界を生き抜くと考えていた。
だけど現実はそうもいかない。不条理な社会、止まってくれない時間、怠惰に身を任せる灰色の日々。その全てを受け止めないと、人生なんて過ごせないのだ。
無駄なことで悩んで神経をすり減らす日々に、彼女は耐えられなかったんだ。
空はまだ暗い。だが、そんなことはお構いなしに電車は止まり、彼女をその体の中に納める。
「なぁ」
僕は呟いて彼女の目を見る。その瞳は昔のような生気と希望に満ちてはいなかった。