イヴの奇跡U-7
ガチャ…
全てがスローモーションに見えて…
気がつくと長い黒髪にしっかりとパーマをかけた女の人が玄関に立っていた。
ワインレッド色のスーツ。
下はスカートで朱いハイヒール。淡く黄色いワイシャツの前ボタンは大きく開かれて豊満な胸の谷間が覗く。
なんか…
やだな……。
私はそっと脱衣所に隠れた。
『久しぶり…圭。元気だった?』
女は嬉しそうな声で神崎の名前を呼んだ。
『お前はいつもいつもそうやって勝手に…』
ため息を漏らす神崎。
“いつも”…
イヴの心に些細な神崎の台詞が引っ掛かる。
『いいじゃない。コレくれたのあなたよ〜?』
大人っぽい綺麗な笑顔。
カードをピラピラと神崎の前で揺らしながら笑う彼女は知的で冷淡そうなイメージを与えるのに意外に思える。
『で?なんか用事?忘れものか?つか、家のカード…置いてけよ。』
淡々と神崎が言う。
圭、なんか怖い…。
…忘れものってなんだろ?
『まぁ、そんなところよ。ところで今日はバレンタインよね。また箱で貰ってるの?』
クスクスと笑う女の人の声。
上品そうな人だなぁ…
“また”か。
家のカードも持ってるし圭とどんな関係の人なのかな…。
『そんなとこだ。で?忘れものは何だ?取ってくるが…』
あぁ…
嫌だ。イヤダ。いやだよ…。
聞きたくない…
見たくない…
感じたくないっ……!
嫌な予感しかしない。
私は耳を塞いでしゃがみ込む。
二人の会話に嫌気がさす。
それでも聞こえてくる会話。
『そうね……忘れたのよ。此処に……大切な物。』
─ちゅ。
イヴの耳に口づけた後に響く音がハッキリ耳に残った。
─どんっ!
女がドアにぶつかる。
神崎が突き放したのだ。
『っ…!』
唇を拭っていつも冷静な神崎が取り乱した様子をみせる。
『圭、私…やっぱりね…、』
取り乱す風もなく女が口を開く。
『やめてくれ!!』
冷静で完璧な神崎が怒鳴った。
彼は物静かなタイプだから大声で叫んだり怒鳴り散らすことは会社であろうともまずないのにだ。