SLOW START \〜加藤さくら〜-1
もう本気で人を愛せない、愛さない…そう決めたのはいつだっけ…。
私は今まさに修羅場に立っている。
初めて会う女が泣きながら彼を返してと私に詰め寄る。
会社まで来て泣きじゃくるその人は彼氏の元カノだった。
彼を死ぬほど好きだ、
今お腹に彼の子がいる、彼を愛してるのはあたしだけ…
私はそれを酷く冷めた瞳で見つめる。
そして言う。
「申し訳ございません。只今仕事中ですので後日こちらから御連絡差し上げます。日時はいかがいたしましょう?」
女は目を見開いて私を睨みつけた。
私が笑顔で応えるとカウンターにバン!と何かを置いていなくなった。
私は受付嬢だ。
いかなる時も笑顔で…ここに座ったら会社の顔だ。
崩れるわけにはいかない。
女が置いていったのは赤ちゃんのエコー写真だ。
軽くため息をつきながら写真を取りデスクの端に置いておく。
…あたしにこんなの渡されても困るし
普通なら怒るなり、泣くなりするが私にはそんな感情はない。
その様子を見ていた隣の同僚が笑いながら言った。
「あんた冷めすぎ〜あの女かなりキレてたね」
「すごいよね。会社まで来てエコーだよ?常識とか考えらんない程好きなんて私には無理」
面倒臭そうに喋る私に同僚はため息をついた。
その日の夜、先に私が帰り夕飯の支度をした。
最後の夕飯なのでちょっと豪華にしてみた。
カバンからエコーを出す。
…可哀想…こんなんで出てきたくないよね…ごめんね
彼氏が帰って来た。
まだ何も知らないのだろう。脳天気に豪華な夕飯を喜んでいる。
夕飯を食べ終わり、片付けをして一息ついた時切り出した。
「別れよう。」
何故か反応がない。
「別れましょう。」
「え?何がよ〜ハイハイ何の遊び?また心理テストか何かだろ?」
「いや本気でだけど。」
彼は固まったまま動かなくなった。
「は?何言ってんの急に?」
明らかに引きつった顔をしながら聞いて来たので今日あった事を説明してエコー写真を差し出した。