やっぱすっきゃねん!U…C-10
「ひとりで悩んでも始まらんだろう」
沈黙を破り、見かねた一哉が尚美に言った。その顔は、野球では決して見せない穏やかさで。
尚美は顔を上げて一哉を見る。
「…案外、野球部員ってのは、女性に対して免疫が無いからな。特に信也みたいにのめり込んでるヤツは…」
「…免疫が無い…ですか?」
惚けたように言葉を繰り返す尚美に対し、一哉は頷くと、
「アイツのようなタイプは特にな…」
2人の会話に、佳代が割って入る。
「コーチは?どうだったんです」
一哉を覗き見る佳代の表情は、何かを企んでるようだ。
「好きな子はいたが、言えなかったな。言われた事も無いし…」
佳代はいたずらっぽい笑顔で、
「野球やってる時のコーチを見たら、誰だって逃げ出しますよ」
「そんなに怖いの?」
有理が会話に入る。佳代はさっきの仕返しとばかりに両手で目を吊り上げると、
「スゴいよぉ、こーんな顔して〈カヨ!何やってんだ!〉って」
オーバーアクションで一哉の真似をする佳代。それを見て笑う有理。だが、一哉は反論する事なく頷くと、
「…確かに、あの頃はもっと尖っていたな。野球が自分の全てと思っていた…」
そう言って尚美を見つめて、
「だから想いをぶつけてごらん。ここで悶々としていても、結論は出ないから…」
一哉は〈帰るか〉と言って席を立つと、代金を払って店を出ていく。佳代達3人も後に続いた。
夕闇が迫る中、一哉のクルマは佳代の自宅近くに停まった。
〈ご馳走さまでした〉という3人。一哉は軽く会釈すると、クルマを発進させた。
残された3人。
「ユリちゃん家を通って、ナオちゃん家へ帰ろう」
そう言うと自宅へ駆けて行き、自転車で戻って来た。
生ぬるい湿り気を帯た風が流れる中、3人は歩いて行く。
佳代と有理は尚美を気遣い、押し黙ったままだ。
「…あのさ」
それは有理の自宅近くでの出来事だった。尚美の口が沈黙を破る。
佳代と有理は尚美を見た。
「…私…大会が終わったら言ってみる」
にわかに2人の表情が晴れる。
「頑張って!」
「想いは通じるわよ」
尚美は笑顔を浮かべると〈じゃあ!〉と言って、自宅へと駆け出した。
佳代と有理は、尚美の後姿に微笑みを向けた。
薄暮の空には朧げな月が、鈍い光を放っていた。