「史乃」-1
ー序章ー
再会
街の大通り。両端に立ち並ぶ商業施設は、巨大な垣根のように道を囲っている。
その大通りを縫うように走り抜ける1台のタクシー。そのバックシートに座る真田寿明は焦れていた。
「…運転手さん。あと、どの位掛かるのかね?」
寿明は、腕時計を見つめながら運転手に訊いた。運転手は憔悴した彼の顔を、バックミラーでチラリと覗き明るい口調で答える。
「…あと5分ほどですよ。この先を右折すればすぐです」
タクシーは大通りを走りき過ぎていく。その日は、1月下旬と季節にふさわしく、寒さが厳しい日で、時折はらはらと雪が舞い降りていた。
タクシーは大通りを右に曲がり、500メートルほど進むと目的地に到着した。
そこは斎場だった。
寿明は料金を払うのも、もどかしいと言った様子でタクシーを降りると、斎場入口に向かう途中で立ち止まる。
〈三宅 綾乃 告別式会場〉
入口に書かれた案内板に目を向ける寿明。
(…やはり逝ってしまったのか……)
しばらく案内板を凝視していたが、視線を逸らすと入口を潜っった。
受付を済ませた寿明は式場へと入る。そこは50人も入れば満杯なほど小さなスペースで、参列者も20名程度と少なく、告別式というよりも密葬と言った雰囲気だった。
寿明は真ん中辺りの席に着くと、花で飾られた祭壇の遺影を見つめる。その瞬間、妻として生活を共にしていた頃の出来事が、走馬灯のように甦り頭の中を駆け巡る。
寿明と綾乃は夫婦だった。
20年前、寿明は作家を志す大学生で、綾乃は看護師だった。知人の紹介で付き合いを始め、1年後、寿明の大学卒業と同時に2人は結ばれた。
だが、お互いが若過ぎたためか、わずか4年で破局を迎える事となった。
それから別々の道を歩んで来た。寿明は、会社勤めをしながら出版社主催の公募新人賞を5年掛りで受賞すると、念願の作家としての道を。
綾乃も、新しい環境で看護師としての仕事を精一杯やっていた。
それがこんなカタチで再会するとは。
(…わずか41歳で……さぞ無念だったろう……)
寿明は心の中で運命を呪った。
式が始まり、僧侶による経文が唱えられる中、寿明は親族席に目をやる。綾乃の両親と親戚筋が数人。皆、面識のある者だが、中に1人だけ見知らぬ女性が見えた。
キレイな黒髪を肩口まで伸ばし、喪服に包まれた身体は若さに溢れ、艶やかでさえあった。
(…あれは…もしかして……)
不安と希望で胸が昂鳴る寿明。
焼香を終え、親族席に向かって一礼すると、ジッとその女性を見つめた。
白い肌に濡れたような瞳、やや厚い唇。その顔立ちは若い頃の綾乃そっくりだった。
(…間違いない。史乃だ……)
粛々と式が進む中、寿明は我が娘との再会を果たした。実に15年の月日が過ぎていた。