「史乃」-4
ー第2章ー
兆し
「お父さん!ごはんよ」
夕刻。史乃が夕飯を告げに来る。
「ああ、もうそんな時間か?」
史乃の笑顔に、寿明は柔らかな表情で答える。2人が暮らすようになって3ヶ月が過ぎていた。
史乃は高校を卒業した後、造形を学ぶべく専門学校に通いながら、家事全般をこなしてくれる。
月の半分近くを、取材や資料集めで自宅を空ける寿明にとって、非常にありがたかった。
最初は、お互いが慣れない生活にギクシャクしていた。父娘の両者で気を遣い合っているため上手くいかなかった。
しかし、やがて自然に打ち解けていき、今では空気のように無くてはならない存在となっていた。
「今度はどんな内容?」
史乃はそう言うと寿明に近寄り、書きかけの原稿用紙を覗き込む。長い髪がなびき、美しい横顔が面前に見える。
「…今回は少し趣向を変えてみようと思ってね。歴史物なんだ……」
「ちょっと見て良い?」
そう言うと史乃は、さらに身体を寄せる。空気を介して、史乃の体温や甘い体臭が寿明に伝わってくる。
視線が史乃の顔から身体に移る。淡い水色のノースリーブ・シャツに見える胸元の膨らみ。垂れた髪の隙間から見える白いうなじ。
見つめる寿明は綾乃を思い出していた。
そんな視線に気づいたのか、
「お父さん。どうかした?」
史乃の声に我に返った寿明は、その場を取り繕うように席を立つと、
「…いや、ちょっと考え事をね。ところで…今日は何を作ったんだい?」
史乃は笑顔を浮かべて、
「今日はカレーにサラダよ」
「じゃあ、いただくかな」
寿明は、自室を出るとダイニングへと向かった。