壊れた美少女と幼き夢-1
幼い頃、転んだことがあった。私は泣かなかったから母さんは褒めてくれた。
その時はただ、褒められたことを嬉しく思い、気付かなかった。
ジャングルジムから落ちた時。初めての自転車で転んだ時。車と正面衝突した時。
そのすべてで私は泣くことはなかった。
私は無邪気に、また母さんが褒めてくれると思った。
でも、母さんは違った。
私の求めた顔じゃなかった。私を褒めてくれなかった。
母さんは私の腕を掴み、無理やり病院に連れていった。
私は、されるがままに検査を受けた。母さんに褒めてもらいたかったから。
でも母さんの顔は、日に日に窶れていくようだった。
そして
「…どうして…なの?…どう…して、あなたが…私の子供…なの…?」
まるで怪物を見るような母さんの瞳と、苦しげな母さんの言葉が、私に向けられていた。
その時私はやっと理解した。
痛みを感じないこと。
これは何かが、何処かが、壊れていることを。
だから、母さんは疲れきった顔をしているのだと。
だから、母さんは褒めてくれないのだと。
だから、母親は私のことを嫌ったのだと。
幼かった私は絶対的な絶望と微かな希望を胸に抱いた。
『壊れた美少女と幼き夢』
オレンジ色に染まる空。部活に精を出す生徒の掛け声。まばらに残る生徒逹の談笑。そこはまるで平和な学校。
ある部室で、一定の寝息をたてて寝ている少女がいた。
その少女はとても綺麗で、この寝顔を見れば誰もが魅了されるだろう。
涼やかな風が少女の頬をよぎり、髪を散乱させる。
「……んっ…」
冷たいそよ風に寝ていた橘 愛は目を醒ました。
眠気まなこで少女は周りを見渡すと、窓を開けた格好で固まっている黒ぶち眼鏡の少女と目が合う。
「すまない。起こしてしまったか?」
黒ぶち眼鏡の少女が男口調のソプラノの声で聞いてくる。
「…いえ、構いません部長」
愛は眠たい瞼を擦りながら答えた。
「部室の換気をしようと思ったんだが、予想以上に寒かったようだ…」
部長と呼ばれた黒ぶち眼鏡の少女は、呟き肩をすくめて窓を閉める。