冷たい情愛10-2
「高校時代って、彼女とかいたんですか?」
私は調子にのって、色々聞いてしまおうと決めこんだ。
「いませんでした。好きは人はいたんですが…片想いでしたね」
遠藤さんの顔を見ると、穏やかな表情だった。
彼の顔が、感情を表すのは珍しく…
私はその貴重な時を逃さないよう、彼の顔を見つめ続けた。
彼はずっと…私の母校を眺め続けている。
私も彼から目を逸らし、夕日に照らされる母校を眺めた。
来て良かった…
そう思った。
もし来ていなければ…私はこの先もずっと、先生を恨んでいただろう。
恨んで悲しみに浸り続け…他の男の体と、少しの優しさだけで満足してしまう、麻痺した心のままだっただろう。
先生が…親兄弟を見捨てて私を選んでいたら…
その先ずっと一緒にいられたとしても…その苦しさからは逃れられなかっただろう。
先生も私も…
これで良かったんだ…
そう思えるようになっていた。
12年間の感情が、先生の本当の心を知ることが出来た事で…全て穏やかなものに変わっていくのを感じた。
「今、何を考えているんですか?」
彼が静かに言い、私も静かに答えた。
「昔好きだった人の事を考えてました…ずっと恨んでたんですけどね…
今日、やっと終わったというか…穏やかな気持ちになれたんです」
私は、誰かに話したかったのかもしれない…
友にも話せず、12年間ただ一人で抱えていた子どもだった心の中を。
先生とこの学び舎で出会った事…
勉強を教えてもらった事…
卒業と同時に私の前から消えた事…
それでも好きで忘れられなかった事…
私は吐き出し続けた。
遠藤さんはそれを、ただ黙って話を聞いていてくれた。
夕暮れが終わり…夜を迎える頃まで…私は彼の隣で…かつての学び舎を眺めながら…
穏やかに迎えられた想いの終わりを実感していた。
・・・・・・・・・・・・・
最寄り駅までバスで戻り、私は考えた。
ここからだと、実家まで近い。
帰宅するのが当然なのだが…彼と離れるのが嫌だった。
しかしせっかくの休日を、こんな田舎まで連れ回し、更に一緒にいたいなど…
我侭過ぎる。
「今日はありがとうございました…こんなに遠くまで」
「いえ、私も久しぶりに息抜きできて良かったです」
私の勘違いだろうか…
なんだか、今夜の彼は穏やかで表情が柔らかい。
それもそうか…休日まで、仕事の時のような顔は出来ないだろうし。
二人で乗り込んだ電車の外は、すでに遠くの明かりが見えるだけ。